生きていくことは、こんなにもつらくて苦しい。それでもこの映画は、「すばらしき世界」と言う。助けてくれる人たちがいるから、こんな不条理にも我慢しなければならないと思い、耐える。正しいことがまかり通るわけではない。誰が正しくて誰が間違っているのかなんて、わからない。それに微妙なところだ。視点によって見え方は変わる。周囲の人たちの善意に支えられていても、うまくいかないことはある。特に終盤、見ていて、ハラハラドキドキする。彼がいつまた切れてしまうのか。気が気ではない。そんな綱渡りからようやく自宅に戻ってのラストは衝撃的だ。
殺人で旭川刑務所に服役していたヤクザが出所するところから始まる。彼が周囲の人たちの善意に支えられて、新しい生活を始める。最初は生活保護を受けながら,仕事を探すのだが、なかなかうまくはいかない。そんな彼に取材ということでTVクルーがカメラを向ける。彼と、彼にカメラを向ける青年とのお話を軸にして、綴られていく。これは黒澤明の『生きる』を彷彿させる映画だ。僕たちは、今の時代にこんな映画が生まれる奇跡を目撃する。役所広司と仲野太賀が素晴らしい。泣き崩れる太賀の姿が心に沁みる。こんなにもストレートに映画の中で感情を伝えることは驚きだ。
あんな死に方はないよ、と腹を立てる。憤りを感じる。『すばらしき世界』というタイトルがそこに出てくるラストは皮肉ではなく、それでもすばらしい、と言える。こんな世界だけれども、ここで生きていく。彼のことを理解してくれる人たちの助けを受け、生きていける。すぐにかっとなってしまって、周囲が見えなくなる。今はおとなしくしているけれども、怖い男である。いつ、何をしでかすかわからない。13年間の獄中生活を終えて、社会復帰したけれども、ここでひとりで生きていくことは困難だ。だから、助けが嬉しい。
まるでコメディを見ているように、苦笑しながら,彼の行動を見守るけど、その悲惨ともいえる日々の必死さからは目が離せない。滑稽に見える彼の姿を通して生きていくことの困難が他人事ではなく、我事として伝わってくる。時には見て見ぬ振りも必要で,正義が必ずしも正しいわけではなく、納得のいかないことでも受け入れていこうとする。涙ぐましい。
ようやく、いろんなことがあるけれども、我慢して,その結果幸せが始まりだしたときの突然の死には呆然とするしかない。生きるってこんなにも大変なのだと思う。だから、あれは突き放されたのではなく、それでもこの素晴らしい世界を受け止めようというメッセージだと思う。そんな作り手の想いがしっかり伝わる。西川美和監督の作品はこれまでもすべて素晴らしかったが、今回はさらにその先をいく。文句なしに本年ベストワンの傑作である。