思いがけない傑作に出会えた。それがこの作品だ。まるで期待しないで、でも短歌の映画化というので先日の『春原さんのうた』と同じじゃん、と思い、なんとなく見始めたのだが、(宣伝文句には「あふれる才能を遺し、突然この世を去った歌人の 遺作となった唯一の歌集完全映画化」とある)それがもう圧倒的で繊細な映画で感心した。
別々の3つのお話が同時進行してやがてひとつになっていく。中学時代の虐め。そこで展開する3人のお話。残されたふたりの現在の時間。12年後、さらにその12年後という3つの時間のお話だったことが終盤になりようやくわかるという展開の妙。そこでは彼らの仕事、家庭のことが描かれていく。死んでしまった彼を巡るドラマは生き残ったふたりのドラマと呼応する。なぜ死ななくてはならなかったのかを敢えて封印して生きているふたりの今の時間が丁寧に描かれていくという構成もいい。
痛ましい中学時代もきちんと描かれる。理不尽な苛めに抵抗することができない弱さ。そんなはずじゃなかったのに、こんなことになっていく。中学2年という時間の危うさがそこにはある。描かれるのは頭で作った大人の考えではなく、14歳の世界がそのまま描かれてある、そんな気にさせられた。見事だ。カメラは主人公たちに必要以上に寄らない。でも、突き放すのではない。距離を置きながらも、しっかり見守る。そこからは他者では不可能な、どうしようもなさが刻まれることになる。近づけない。寄り添えないもどかしさ。彼らはたったひとりで自分の現実と戦うしかないのだ。助けることなんかできない。
ひとり(浅香航大)は、厚生労働省の官僚となったが、日々の理不尽と向き合い、ボロボロになっていく。もうひとり(水川あさみ)は、夫の庇護のもと切り絵作家として少しずつキャリアを積んでいたはずの毎日だったのに突然の彼の解雇で人生設計が崩れていく。
14歳の日に、ふたりが大事にしていた友人がいた。彼が12年後の25歳で命を絶った。偶然知るその事実。彼のことを忘れていたわけではない。でも、思い出さなかった。今の自分で精いっぱいだったからだ。だから、今の自分にできることをする。水川あさみが幼い息子の手を取るラストシーン(子供を産んでいた!)も胸に沁みた。
でも、映画はそこを終わりはしなかった。なんと、まさかの引っ越しの日の別れの場面がそこに続く。それは14歳の思い出だ。ふたりが橋の上で左右に別れた後、カメラがどんどん引いていくラストが素晴らしい。引っ越しの日の別れの場面としては名作『転校生』を凌ぐ素晴らしさだ。