相変わらずかなりへんな小説だ。高瀬さんは書きたいことが明確だが、書き方が不明確。いつもあっさりしているから、ぼんやり読んでいると、なにがなんだか、と思うくらいに焦点が絞れれないままで、終わっている。今回だってそうだ。
ある会社での1年間が描かれる。大きな事件は起きない。でも、ちゃんと小さな事件を起こしている。でも、気づかない、あるいは、気づかないフリして過ごす。だいたいタイトルにも明確にあるようにこれは食を巡るお話なのだが、そんなことにすら気づかないくらいの勢いだ。「いつも何かを食べているな、思い起こすと、」という感じ。でも、それがお話の核心に触れてくるわけではないから、なんとなくノーガードだ。
主要登場人物は3人。だけど、その3人すらなんだかぼんやりしていて、誰が誰だか最初は区別がつかない。(まぁ、それは僕だけか!)転勤してきた男性が二谷。この職場で出会ったみんなのアイドルが芦川さん。そして、彼女の一つ後輩で、芦川さんにいじわるしようと二谷を誘うのが押尾さん。でもこれは職場内の虐めの話ではない。でも、お話はそんないじめのことくらいしかない。
マイペースの芦川さんと、簡単に二谷は職場で内緒の恋人同士になる。だから、これは恋愛小説ではない。だけど、結婚にはならない。もしかしたら今後なるかもしれないけど、それが作品のテーマではなし、中心にもならない。では、押尾と二谷が一応秘密裡に芦川をいじめて追い詰めていく話なのかというと、そうではない。芦川は執拗ないじめに対して無反応だ。(そういう態度を装うだけなのかもしれないけど)彼女の弟が出てくるシーンが一瞬ある。そこで彼女の家での様子が瞬間的に描かれる。何もできないし、バカにされていることが描かれる。それがほんとうの彼女の姿なのだろう。でも、会社では堂々として弱い女を装い、みんなから大事にされている。平気で早退したり、定時で帰るし、それを認められている唯一の存在。誰もが可愛い彼女を守ってあげたいと思う。だから、まじめな押尾はそんな彼女が腹立たしいし、付き合っているけど二谷はなんだか物足りない。
彼女は頻繁に二谷の部屋に通い、料理を振る舞う。自然体で恋人然としている。でも押しつけがましくはない。だから、彼は彼女を無下にはできない。彼女と家で一緒にご飯を食べることより、押尾と仕事帰りに食事に行く方が楽しい。でも、彼は押尾と二股をするわけではない。それは誠実だからではない。どちらかというと面倒だからだ。
芦川の作ってくる手作りのケーキやおやつを職場のみんなはとても有難がる。二谷と押尾はそこに嫌悪感を抱き、それを棄てる。しかも、翌日芦川の机の上にぐちゃぐちゃにして置いたりもする。芦川は動揺しないで(少なくとも表面上は)受け止めれる。
日常を生きていくためには、これくらい鈍感なフリができなくてはならないのか。それが平和で幸せなのか。なんだか、悲しくなる。1年後再び転勤で二谷はここを去る。押尾はこの仕事を辞める。芦川はもちろんここに残る。やがては、二谷と結婚するのだろう。
で、そこで終わる。なんだか中途半端で、物足りない気がする。でも、それがこの作品のなんとも言えない魅力なのだ。