昨年の6月頃公開されていた映画だ。こんなにも地味な映画がTOHO系で上映されるんだ、と思い少し気になっていた作品だった。実際に見てみて驚いた。こんな映画があるのか、と思った。西田尚美と市川実和子主演で、ある家族のお話。ここにはストーリーらしいストーリーはない。いや、あるにはあるのだけど、実はそれ自身はどうでもいい、という感じなのだ。この家族の日常や、生活する雰囲気が最優先される。だからお話のほうは添え物程度。そんなのってありなのか、と驚いたのだ。
青葉家に夏休みの2週間知り合いの娘、優子が居候をしにやってくる。彼女は青葉家の母親(西田尚美)の昔の友人(市川実和子)の娘で、高校2年生。美大を目指していて、予備校の夏季講習会に参加するため単身東京に出てきた。だから、実質主人公はこの女の子だ。彼女のひと夏の(2週間だけど)お話でなのである。
最初はどこを視点して見ればいいのか、それすらよくわからない。中3生の息子リクとこの家にやってきた女の子優子のお話だと思った。後半になって西田、市川の母親たちのお話に移行するので、最終的にはこの二組の母子のお話というところに落ちつくのだろうけど、それにしても映画自身の核心が明確ではないし、そんな些末なことはどうでもいいことで、先にも書いたように、おいしそうな料理と気持ちのよさそうな生活、そんな彼らの背景となる光景のほうが映画の主役になるようなのだ。製作は「北欧、暮らしの道具店」。何なんだ、北欧、暮らしの道具店って、と何も知らない僕は思う。あまり気にせず映画を最後まで見たのだけど、これはお話ではなくライフスタイルの提唱を前面に押し出した映画なのだな、と理解した。
「シングルマザーの春子と息子リク、春子の飲み友達めいこと、その恋人で小説家のソラオという4人で共同生活を送る青葉家。」というのが大前提としてある(実はこの作品は4話からなる配信オリジナル短編が先行する)のだけど、まるでそんなことを知らないで見たから、最初はそんな説明もなく始まる映画に戸惑う。
こんな家族構成ってありか、と驚きながらそこから展開していくドラマにのめりこむ。まるでこれは彼らの生活のスケッチだ。こんな関係があればそれはそれで素敵かも、と思う。最初は部外者である借りの主人公、優子目線で見る。ふつうじゃない家族に囲まれて、快適で理想的な生活を送る。予備校での出会い、さまざまな体験を通して彼女がたった2週間で今までの人生で体験したことのないような濃密な時間を過ごす。従来の価値観を突き崩されてしまう。それが心地よい。それまでの母親とふたりにはなかったものがそこにはある。母は大好きだけど、彼女があまりに立派すぎてコンプレックスを抱いていた。なんとかしてそんな母親に負けないような自分になりたいと、精一杯に背伸びをしていた。そんな彼女が自然体で生きていいんだということを、この家族、そしてこの家の息子であるリクくんから教えられることになる。バンドをしているリクの仲間に入って一緒に音楽活動をする話が後半で描かれる。
20年ぶりで再会した今では40代のふたりの女性。高校時代からの大親友で、でも、大人になり喧嘩別れしていたふたりがもう一度仲直りする。20年ほど疎遠になっていたのに、でも、再会してお互いがあの頃と変わらないことに気づく。お互いの息子と娘が、意気投合して自分たちの夢を追い求めているのを見て、自分たちのあの頃を思い出す。時代が変わっても人は変わらない。
今、この瞬間好きなことを大事にする。そんな「好き」がやがてほかのものに変わってもいい。ずっと変わらないで好きなままでも当然いい。大事なことは自分の素直な気持ちだ。それが他人からしたらどんなつたないものでも関係ない。自分にとってどうだかが大事なのだ。彼女はまだ高校生だから、何者でもないから、何者にだってなれる。リクに至ってはまだ中学生だ。でも、この子たちは自分の好きをちゃんと持っていて、大人に負けないようなスキルを持っている。でも、それで自惚れたり、それを自慢したりはしない。それどころか、ちゃんと自分たちはまだまだだ、ということを知っている謙虚さを持ち合わせている。この映画はそんなふたりと、その周囲の友人たちの群像劇にだってなっている。
先行する配信オリジナルドラマを全く知らないで見たのがよかった。映画が素敵だったので、すぐにドラマ版を見た。こちらはわかりやすい。20分ほどの短編4話が、それぞれ小さなお話として映画と同じように生き方の提唱をしている、なるほどね、と思った。この短編の劇場用長編ならこうなっても驚かないだろう。
監督は松本壮史。僕は先に彼の『サマーフィルムにのって』を見ている。でも、このドラマや映画を先に見ていたら、あの映画ももっと楽しめたのではないか、と思った。高校生たちの映画製作を題材にした『サマーフィルムにのって』との共通項は多い。松本監督の目指したものが今ならもっと素直に理解できる。僕の勝手な映画への思い入れが、松本監督の素直な世界を受け入れきれなかったのだということに気づく。