習慣HIROSE

映画・演劇のレビュー

山崎ナオコーラ 『美しい距離』

2016-08-08 14:22:06 | その他

 

 

40代初めで、まだまだ若いのにガンに罹り、死にゆく妻を看取る夫、という図式は昔の「難病もの」映画の設定そのもの。6、70年代じゃあるまいし、今時そんな「お涙頂戴映画」はもうない。だが、山崎ナオコーラはそれに挑む。

 

もちろん読者の涙腺を刺激するためではない。今こんな状況にある。それを受け止めて出来ることを全力でしようとする男の姿を静かに描くだけ。介護休暇を取り、仕事を出来るだけ家で(病院で)出来るようにして、短時間の出勤でなんとかこなす。職場にも理解してもらい、部下にも助けられる。残された時間を少しでも妻のもとで過ごしたい、と思う。感情論ではなく、彼女の手足となり、少しでも彼女が快適に過ごすことが出来るように心を砕く。

 

そんな男の姿を淡々と描いていく。これはそんな彼の日々のスケッチだ。まるで備忘録を読むかのように感情の起伏は描かれない。穏やかにその日その日のことを綴っていく。そんな距離の取り方がここでは一番大事なのだ。それを作者は『美しい距離』と呼ぶ。節制とでも呼ぶしかない。彼の彼女への距離が壊れそうな日常をなんとか保つ。静かに受け止めて生きていく。死ぬまでの時間をどう過ごすか。やがて誰もが死ぬ。早いか遅いかは人それぞれだ。だから、彼らはこの運命を受け入れた。感情的にならないわけはない。でも、そんなもの何にもならないから。

 

だから、ただ今は今できることを黙々とこなしていく。それが愛だ、というわけではない。この150ページほどの長さも適切だ。中編小説と帯にはわざわざ記載した。必要以上の描写はいらない。さらには、感情を極力排した。人称も最初は排した。自分と妻と妻の両親。そして、彼女も自分も、お互いにひとりだ。個と個の関わりとして捉えていく。

 


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 『フレンチアルプスで起きた... | トップ | 伊坂幸太郎『サブマリン』 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。