石井裕也監督の最新作。昨年の『夜空はいつでも最高密度の青色だ』に続く作品だ。あの作品の高校生版だったりしたらどうしようか、と期待した。今更彼がキラキラ青春映画(もう死語)を作るわけではないから、じゃぁ、少女漫画を原作にして、高校生たちの恋愛模様を通して何を見せるのか。興味津々だった。町田くんと猪原さんを演じる新人のふたりが初々しい。それだけでもこれはふつうの青春映画ではない。
しかし、それだけではない。これはまさかの映画なのだ。主人公の町田くんはふつうじゃない。彼は天然と呼ぶのもはばかられる。まるで聖者のような存在で、それで笑わせるのでもなく、彼のありえない行為を僕たちは見つめていく。突っ込みどころ満載だけど、そんなことは承知の上で、淡々とその事実を追っていく。現実にはありえない不気味な存在なのだが、映画の中でなら、あり得させることは可能で、そんな彼を通して何を描くのかが、この映画の存在意義だろう。
池松壮亮のゴシップ・ライターがたまたま見かけた彼を密かに見守るのだが、現地世界に絶望する彼が町田くんを通して何を見出すかが、明確ではない。もちろんそこで紋切り型の象徴を提示されても鼻白むことになるのだが、彼が主人公のふたりとかかわる展開はあまりに唐突すぎる。さらには主人公のふたりの周辺にいる高校の同級生や後輩を岩田剛典、高畑充希、前田敦子、太賀の4人が演じるのだが、彼らはもうスターであり実年齢ではもう高校を卒業して10年くらい経つはず。そんな大人に高校生を演じさせるのはなぜか。
この映画の主人公たちの恋愛は現実のものではない。妄想だ。だけど、それは現実以上にリアルだ。ファンタジーとしてこの映画が作られていたならこんなにも刺激的ではない。悪意に満ちた現実世界の中に彼らふたりを置くところにこの映画の存在意図がある。ピュアすぎて、異常者でしかない彼らがこの世界でどう戦うのか、それがこの映画だ。そんな彼らを見守るのはもうすでに大人になったかつてのティーンだった4人。そういう図式だ。
純粋すぎる彼が世界と戦い、周囲の人たちを変えていく。だけど、一番変わっていくのは彼自身だ。人を好きになることで、世界が変わる。そんな手垢のついた展開がここまで新鮮だったのは、純粋に異常者で滑稽でしかない町田くんと僕たちが向き合うからだ。ありえないことを通してあり得ることを知る。さすがにラストの風船で空を飛ぶという展開には唖然とするけど、彼の在り方を突き詰めていくことで見えてくる世界は素晴らしい。世界を変えるためには何が必要なのか、それを教えてくれる。