初めて読む作家の本は緊張する。どういうふうに出てくるのかわからないから、ドキドキする。つまらなかったら、どこでやめるのかの判断が難しい。でも、一応どこかで引っかかったから読み始めたのだから、自分の判断を尊重して、できることなら最後まで読もう、とも思う。今回もその境界線上で揺れた。でも、最後まで読んだ。まぁまぁ、かな、と思う。前半はかなりつらかった。短編連作のスタイルで同じバターンのお話が続く。1話完結の事件が連鎖していく。最後にすべての謎が解けて収まるところに収まるというよくあるパターン。恋愛小説で、SFファンタジー。たわいないというと確かにたわいないお話だ。でも、そこに大切な「何か」が加わると素敵な小説にもなる。そのへんの分岐点は微妙だ。
このお話自体がそういう分岐点のことを中心にしてある。パラレルワールドのお話で、もうひとつの世界では自分たちは微妙に違う人生を生きている。選ばれたものだけが、そのもうひとつの世界を体験できる。この店(自己満足を売る店、と店長のミツルは言う)がそんな世界への案内役を担う。
例によってだが、「たまたま」この本を読んでいるときに見た映画が同じようにパラレルワールドのお話だった。サム・ライミの待望の新作だ。(もちろん『ドクター・ストレンジ マルチバース・オブ・マッドネス』である。この映画についてはまた後で!)
350ページでエピソードは5話からなる。そこそこ1篇は長い。もうひとつの世界に導かれるお客さんは4名。それぞれのエピソードを通して、主人公の佳奈が、すべての謎が解ける(行方不明になった恋人、亮を見つける)最終話へと行きつくまでが描かれる。ある日目覚めると世界が変わっていた、というのもよくあるパターンだ。この場合は恋人の存在自体が消え去っていただけで、それ以外はまるで変わらない、ということなのだが、それだけで彼女にとっては世界が消えたとの同じことなのだ。
お話はそこから不思議な冒険が始まるのではなく、前述の「とある店」にたどりつき、そこでの閉じたお話になる。作品世界は広がらない。それどころか閉じていく。そこが読んでいて幾分つまらないのだが、『ドクター・ストレンジ』のように無茶苦茶する展開とは真逆を行くので、同時並行でこれを読んで、あれを見たのはなんだか貴重な体験だった。
まとめ方が少し弱いので、最後が思ったほど盛り上がらない。作者が言うようにこれが恋愛小説だというのなら、5話で、感動させるだけのお話を用意しなくてはならない。大林亘彦監督の傑作『時をかける少女』級の感動が欲しい。そうじゃないなら、反対にもっとさりげない終わらせ方で盛り上げるとか。残念だがそういう仕掛けが出来ていない。
この小説の作者武田綾乃は、もうすぐ公開される『バブル』の原作者らしい。あの映画も恋愛映画なのに、恋愛が描き切れてないから詰めが甘かった。そういうところはよく似ている。