これは老いと向き合うことをテーマにした小説なのだが、とてもよくできていて、心に沁みる1作だ。敢えて老人を前面には出さないのもいい。ここに描かれる問題は老人だけのものではない。
シニア劇団を舞台にする。世界的にも有名な演出家が、55歳以上に限定して、演劇未経験者も含めて劇団員をオーディションで選び、劇団を作る。そこに集う高齢者たちのドラマである。でも、これは独立した短編として評価したい。それぞれのエピソードがとても完成度が高い。高齢者は登場するが、どちらかというと彼らと向き合うことになる中学生や、中年女性たちのほうが語り手になり、主人公となるのだ。彼らがそれぞれ今抱える自分の問題と向き合う。その時高齢者はそこにいる、という図式だ。やがて6つの短編連作が1本の長編作品となる。これは『リア王』の公演当日のお話だ。3年前に遡り、本番まで。
友人(と、いいつつもほとんど関わりあうこともなかった)を自殺で亡くした中学生。40代の独身女性、50代の劇団員の女性、認知症の老人の世話をするゲイの青年、夫の言いなりで自分を失くす妻。6話目でようやく主人公のリア王を演じる老人の話になる。(彼は1話にも登場する)
最終的にすべてのエピソードはこのシニア劇団の公演に集約されていく。各エピソードの主人公である彼らは観客として、あるいは役者として、この劇場に集うことになる。最後の幕間から6話でお話がまとめに入ることで少しパワーダウンするのが残念だが、そこまでの5つのエピソードは見事だ。
人生の黄昏と向き合い、どこにたどり着くのか、ではなく、誰もが自分の「今」を生きていて、老人だって同じように彼らの「今」を生きている。そんな当たり前のことを教えられる。素晴らしい小説だ。
余談だが、昔、中学生の時、クラス劇で『リア王』をやったことがある。僕はフランス王の役だったことを思い出した。母親の白いブラウスを着て演じた。とても恥ずかしかった。