習慣HIROSE

映画・演劇のレビュー

生田紗代『たとえば、世界が無数にあるとして』

2009-03-09 20:42:30 | その他
 高校2年生。人生で一番輝いている時代。なのに、彼らはこんなにもつまらなさそうにしてる。実際少しも面白くない。出来ることならさっさとやり過ごしたい。だが、ここをやり過ごしたからといって、その先にバラ色の未来なんかない。ここと同じようなどんよりとしたつまらない時間しかない。そんなことわからないじゃないか、なんて言わないこと。だってこの小説はその先の彼らの姿がしっかりと描かれている。あの頃と変わらない。いや、もっとつまらないかもしれない。比較しても仕方ないが。

 クラブ活動が盛んで、在校生のほとんどがなんらかのクラブに入っている。そんな学校で彼らは進路研究部に所属している。『進路研究部』なんていいながら、ほんとうは帰宅部でしかない。どこのクラブにも所属しない生徒を学校側が一方的にここに押し込んだだけだ。部員は4人。実際は10人以上いるが、彼ら以外誰も活動に参加しないのだ。大体彼らとて何一つ活動なんかしていないし。週に一度ここに来て、放課後から下校時間まで、好きなことをして過ごすだけ。別に一緒に何かをするわけでもない。黙々と勉強をするもの。いつも少女マンガを読んでいる男子等々。4人は勝手気ままに、ただここにいる。話をしないわけでもない。だが、別に仲がいいわけでもなく、しかたなくここにいる。校内で顔を合わせてもそっけない。

 4人はそれぞれのクラスで浮いている。馴染めない。だが、4人それぞれのスタンスで高校生活を送っている。いじめにあってるものもいる。誰ともつきあわず、ただ教室に生息するだけ。みんなから無視されているが気にしない。

 4人のそれぞれの事情が4編の短編小説として語られる。4つの話は進路相談室という同じ場所にいた彼らの2年間と、今(それぞれが充分に大人になった時間で、厳密な何年後、という表記はない)というふたつの時間を通して語られる。4人の人生が明るいものではないことは想像できよう。だが、この小説を読んでいると、そんな彼らの姿が、必ずしも不幸には思えない。

 生きているって多かれ少なかれ、こんなものだろう。それって諦めというのではない。彼らは自分に正直に生きている。平凡な専業主婦になり、家庭に落ち着く。仕事を辞めて実家に戻ろうとしている。学校の先生になっているものもいる。逃げようとした。だが、結局逃げれないし、逃げても仕方ない。今では普通に結婚し、平凡な家庭を築こうとしている。それも人生か。だが、平凡ってなんだ?

 読んでいてブルーな気分にさせられる。だが、嫌いではない。別々の4人が重なり「ひとり」の誰でもない誰かを形作る。高校時代の後半戦の2年間。つまらない日々が今では愛おしい。少なくともあの頃よりは優しい気分で「あの頃」の自分を見つめられる。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« DRY BONES『帰れな... | トップ | 『言えない秘密』 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。