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映画・演劇のレビュー

今村夏子『とんこつQ&A』

2022-09-01 18:02:02 | その他

今村夏子2年ぶりの新作らしい。4つの短編集だ。先日映画『こちらあみ子』を見て、さらには彼女のデビュー作でもあるその原作を初めて読んだ。映画がいかに原作を大事にしているかが伝わる。さらには映画としての見事なアレンジがなされてある。今回の新作も彼女らしい。あの『こちらあみ子』の手触りに似ている。今村ワールド全開の4作品である。

表題作だけではなく4作とも不思議なテイストで、そんな不思議な出来事や人々が日常生活の中で描かれる。彼らがどうしてそういう行動をするのか、わかるようで実はよくわからない。でも、そのわからなさがいやではない。人の気持ちや心なんて不可解なものだ。食堂とんこつの親子の優しさ。それに甘える今川さん。彼女は雇ってもらっているのに、ちゃんと働かない。というか、働けないのだ。なのに主人も坊ちゃんも彼女を責めない。いらっしゃいませ、すら言えないでぼっと立っているだけ。彼女はしゃべらなくてはならないことをメモに書く。その書いたものを読むことで、ことばを発することができるようになる。そして接客を少しずつこなしていく(そんなバカな!)のだが、そのことをふたりは喜んでくれる。さらには、やがて店が繁盛して、新しい従業員を雇い入れるという展開になるのだが、働きに来た新人はなんと今川さん以上に仕事ができない。そんな3人、やがては4人のこのお話には、なんとオチはない。ふつうならだからどうした、とか、ふたりの従業員によって生じるドラマだとか、新たなる展開がありそうなものなのだが、見事にない。

因果応報とか、も、ない。ドラマチックな展開になりそうな時も、自然にならないでフェードアウトする。他の作品『嘘の道』の依田正や、『良夫婦』のタム少年も、『冷たい大根の煮物』の芝山さんも、だ。主人公たちは、彼らと向き合うことで、結果的に自分の勝手な行為から、痛みを抱えることになる。自業自得なのだけど、相手から一切攻撃されることはないから、自分たちがしたことは明るみには出ない。自分だけが心に抱えたままその後のときを過ごす。取り返しのつかないことを封印して何事もなかったようにして過ごす。なんだかずるい。でも、それは表には出ない。そうして彼らはその後に日々を過ごす。


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