習慣HIROSE

映画・演劇のレビュー

名取佐和子『図書室のはこぶね』

2022-05-12 15:51:26 | その他

体育祭は嫌いだ。暑いし、長いし。運動は好きじゃないし。だから、そこでの自分の思い出は競技ではなく、グランドのかたすみで、友人とダラダラどうでもいいことをおしゃべりしていたこと。そこに尽きる。あまり競技には出ないから、暇で、だからふだんと違って長い時間、途切れることなく、しゃべることができた。しかも、それがそれまであまり親しくなかった友だちとの会話であった場合はとても新鮮で、そこから新しい関係が始まったり。だから、それはそれで楽しかった。

これは体育祭までの1週間のお話だ。そして、10年前に貸し出されたままだったケストナーの『飛ぶ教室』が なぜか今、図書室に戻ってきたのか、という小さな事件を巡るお話。月曜日から始まり、本番の土曜日を経て、翌日の日曜までの7日間。けがで体育祭に参加できなくなった高校3年の女の子が、臨時で体育祭までの5日間図書当番を頼まれて、放課後図書館で過ごす時間が描かれる。

ほんとうならみんなと楽しく高校生活最後の体育祭を過ごしたはずなのに、蚊帳の外に追いやられ、寂しい。今まで頑張ってきたことが無にされた気がする。彼女はバレー部のエースだった。なのに、ケガで最後の試合にも出られなかった。みんなは気遣ってくれるし、優しいけど、満たされない。そんな彼女が、3年間入ったこともない自分には場違いな場所である図書館で、今まで触れてこともない本と出会い、知らなかった世界を知る。

前半は少しテンポが悪く、少し退屈したが、徐々にだんだんテンポもよくなり、「日常のスケッチ」からやがて「探偵もの」になってもいくというその展開も心地よく、ちょっとしたラブストーリーにもなり、10年前の事件の謎が解けていく。そしてクライマックスである体育祭の土曜ダンスに突入する。

体育祭までの1週間を1日ずつ丁寧に追いながら、高校生活最大のイベント(のひとつ)に取り込む。もりだくさんの要素を詰め込んだにもかかわらず、無理なく収まり、しかも、感動的。世代を越えた交流も含めて、伝統が今に生き、今を生きる高校生たちの等身大にもつながる。小学2年の頃のいじめの話にまで遡る展開も見事。みんなで学校行事を楽しむ、というあたりまえのことがなんだか愛おしい。


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 『マイスモールランド』 | トップ | 『ホリック xxxHOLiC』 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。