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映画・演劇のレビュー

西加奈子『円卓』 他2冊

2012-04-19 20:16:34 | その他
 忙しすぎて映画も芝居も見に行けないから、本ばかりを読む。と言っても、仕事に行くための往復の時間の間だけだが。


桜庭一樹『傷痕』
 これも短編連作スタイルだ。日本のポップス界を背負うスーパースターが51歳の若さで死んだ。カリスマ的な存在であった彼をめぐるさまざまなトラブル、憶測、噂。真実はまるでわからないまま、世界中が彼の死を悼む。マイケル・ジャクソンをモデルにして、謎に包まれたスターと彼の私生活を周囲のさまざまな人々の視点から描く。残された11歳の娘(傷痕、という名前だ)を中心視点にして、彼の家族とのトラブルや、芸能界でのゴシップを通して、ここにはいない偉大なスーパースターを描く。だが、全体のまとまりがないから、何を描きたかったのかがよくわからないまま終わる。


板尾創路『月光ノ仮面』
 落語の「粗忽長屋」を題材にした板尾創路監督による第2作のノベライズだ。もちろん本人のオリジナル小説である。映画版は見ていない。もう少しして、DVDになったら、見るつもりだ。とても楽しみ。劇場で見たかったのだが、ちょっと勇気がでなかった。つまらなかったら、嫌だし。役者としての板尾創路はあまり好きではない。でも、あの独特のキャラクターは他にはない圧倒的な存在感だ。そんな彼が自分の個性を最大限に生かした映画を自分を主演にして作るというのは、興味深いではないか。『板尾創路の脱獄王』という自らの名前を冠に置いたデビュー作も、一部で巷では評判になったが、まだ見ていない。

 この小説は悪くはない。こんな映画があれば興味深いと思わせる。もちろん、こんな映画があるのだ。彼が自分で作った。小説は軽い。1時間半くらいで230ページがちゃんと読み終えれる。短編小説のテイストだ。ほんの少しホラー。最後の殺戮シーンは、無理やり誤魔化して終わらせた気もする。どこに落とし込んでくるのかと期待しただけに少し安易に思える。でも、こういう小さな素材をちゃんと映画にしたなら、きっと日本映画界は豊かになるのではないか。

西加奈子『円卓』
 こんな小学3年生がいたら、ちょっとむかつく。かわいげがないし、人をなめている。子供らしさのかけらもない。だが、この従来の殻を打ち破ったスーパー小学生が語る本音に耳を傾けているうちに、あんなにもムカッとしていたはずなのに、なんだかスカッとした気分になっている。

 でもそれは不思議なことではない。この子の素直さが、この小説の何よりもの魅力なのだ。心の声がすべて、言葉になって書き綴られてある。それは他人の目には見えないもので、一見穏やかにも見える彼女が、その心の中のマグマをこれだけ噴出させている事実に、僕が勝手にたじろいでいただけなのだと気付く。「うるさいんじゃ、ぼけ」とは声に出して言わない。でも、そんな彼女のいらだちはここにはちゃんとあらわされる。

 孤独に心惹かれる少女の内面は、大切なジャポニカに切々と綴られる。小さな魂が、この世界とたったひとりで向き合い、目に見えない傷を全身に受けていく。その痛ましさ。でも、少女は負けない。やがて生まれてくる弟か妹だかのことも、本当は気になるけど、今は、目の前のことを見ていよう。幹成海や朴くんという他者と向き合うことで、少しずつ成長していくこの子の心の軌跡はとても新鮮な驚きに満ち溢れている。



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