河瀬直美監督作品だが、こんなにもメジャーな作品は初めてではないか。ストーリーだけでなく、キャスティングも含めて、一見ふつうの商業映画のようなラッピングがなされている。だが、見たらわかる。いつもと同じようにここには一切妥協はない。
こんなふうに厳しい映画を作り上げる彼女の意志の固さが好きだ。一切妥協なんかするわけもない。内容的には、お涙頂戴にも出来る作品だ。興行を考えると、もう少し甘い映画が望ましいはずだ。でも、やらない。
そんなことしても意味はないからだ。とんがっているのではない。自然体でそうする。町かどの小さなどら焼き屋が舞台になる。雇われ店長(永瀬正敏)は、ただ黙々と与えられた仕事をこなすだけで仕事への情熱なんかない。そこにある老女(樹木希林)が現れて、アルバイトとして雇って欲しいと言う。障害を持つ老人を雇う気はない。丁重に断るのだが、彼女の持ってきた粒あんがあまりにおいしくて、粒あん作りを任せることになる。すると店はどんどん繁盛して、というストーリーはわかりやすいハートウォーミングだ。
しかし、映画はここから急展開を遂げる。まさか、こんなふうに「ハンセン氏病」を大々的に取り上げる映画だったなんて思いもしなかった。どこにも、そんなこと、書いてなかったし。施設の中にカメラは入る。実際の患者にも、カメラは向けられる。さすが、ドキュメンタリーも手掛ける河瀬監督の面目躍如だ。差別と偏見の歴史にメスを入れる。しかし、告発ではない。あくまでも、ひとりの老女の生きる喜びを描くドラマだ。そして、彼女の幸せが店長さんに、孤独な女子高生(内田伽羅)に伝わる。そんな寡黙な主人公の3人が素晴らしい。
私たちは何のために生まれてきたのだろうか。そんな根源的な問いかけに対して、ちゃんとした答えを出してくれる映画だ。ハンセン氏病のために、幼い頃から、隔離され生きてきた老女は生まれて初めて働く。自分が作ったどら焼きをおいしいと言ってくれる人がいる。たくさんのお客さんが小さな店に列を作る。働く喜び、感謝される幸福。この映画からは、「何かになれなくても、私達には生きる意味があるのよ」という明確なメッセージが確かに聞こえてくる。伝わってくる。