安定した面白さで読みやすいし、気持ちのいい作品を提示してくれる小野寺史宜の新作は小学校の教師から警備員に転職する32歳の男が主人公。大学卒業後すぐ22歳で小学校の教員になった彼が辞職するまでの経緯となる出来事を描いた28から29歳までの話と警備員をする現在を描く32歳から33歳までの時間を交互に描いていく。
辞職はあくまでも自分の問題で事件の責任を負ったわけではないが、今小学校で働くことの困難が背景になっている。学校現場の過酷な実態は最近になってようやく明るみになってきたけど、まだまだ改善の見込みは立たない。働き方改革なんていうけど、目に見えにくいところはお座なり。僕がずっと働いていた高校だって同じ。 好きだからまるで苦にならなかったけど、40年やっていくらタフな僕だってクタクタになってしまったのも事実。
20代の彼の若気の至りを責める気はない。30代になっても変わらないのもいい。ただ小説としては少し単調になり過ぎた気がする。大きな事件はいらないけど、彼の中に生じるささやかな変化をもう少ししっかり描いて欲しい。虐待を受けている10歳の少女との関わりを通して何が自分に出来て、何は出来ないのかを知る。
教師はどこまで家庭に関与できるか、というのは難しい。助けたいという想いは大切だが、踏み込めることの判断を見誤ると大変なことになってしまう。この作品の保護者との関わりに恋愛感情を関与させなかったのは当然のことだが、現実ではなく、これは小説なのだから、敢えてもう少し踏み出すことで、さらなるリアルを描くこともできた気がする。もちろんふたりを恋愛関係にしなさいというのではない。きれいごとだけではないどろどろとした感情も含めて、いろんな側面を提示できたなら、もっと作品に奥行きが生じたはずだ。