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映画・演劇のレビュー

青波杏『楊花の歌』

2023-05-29 15:54:00 | その他

第35回小説すばる新人賞を取った作品。1941年廈門を舞台にしたふたりの女たちの物語。読んでいてだんだん韓国映画の歴史大作を見てる気分になる。激動の時代を背景にして運命に翻弄されるふたりの女スパイ。日本人の元娼婦と謎の中国人の女。これはエンタメである。ふたりは敵対する関係なのに惹かれ合う。日本人の要人暗殺を巡る諜報機関の暗躍。暗殺はどうなるか。ハラハラドキドキする展開のはずなのに、なんだか少し違う。これはスパイアクションではなく「戦時下の中国・廈門を舞台に流転する女性たちの愛と葛藤を描く」小説なのだ。これはなんだろうと思う。そしてあっけなく、事件は幕を閉じる。ここまでで第二部は終わる…

まさかこんな話だなんて思わなかったから、驚く。だが、驚きはそんなレベルには留まらない。主人公が台湾に逃げるところで二部は終わるのに、なんと第三部からまるで違う話になる。何が起きたのか、と思うくらいにタッチも変わる。まるで別の小説が始まるのだ。しかもその主人公はそれまでの人物ではないようなのだ。じゃぁ、誰? 
 
舞台は廈門から台湾に。時代も1941から1914に遡る。具体的な場所や出来事は明示されないが、それは霧社事件を想起させる。台湾の山岳地帯の村。ひとりの少女が生まれ、成長していく姿が描かれる。そして村は焼き払われる。村から逃げた少女は日本人に育てられる。この子は本編の主人公だと思うけど、ここでもミスリードされる。彼女はふたりのどちらなのか。それさえよくわからない。ラストまで、まるで全貌が見えないのだ。
 
さらに第四部は二部の続きで、厦門から基隆へ。そこから九份、金瓜石へ。まさかの結末にあっと思わされる。まさに衝撃の展開とはこの事だと唸らされる。ふたりの出会いがあんなところにあったのか、と。
 
日本人の女の子と台湾の女の子が出会い、廈門で再会する。日本はアメリカとの戦いに突入する時代、日本、台湾、中国の関係性を背景にした壮大なドラマがここには描かれる。ふたりの女の子たちがまさかの運命を切り開く。たった220ページの長さでそれを描き切るのだ。なんとも凄い作品だった。
 
 

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