習慣HIROSE

映画・演劇のレビュー

森絵都『この女』

2012-07-22 20:10:54 | その他
 先日見た『苦役列車』、ちょうどその直前に読んだのがこの小説。さらには今読んでいる野中柊『彼女の存在、その破片』。まるで予定していたようにつながっている。まぁ、いつもそんな感じなのだが、こんなにも、無意識につながることもある。いずれも、ひとりの女を巡る話で、行方不明になった女を捜す話だ。というか、それは野中柊の本で、これは女が行方不明(男も)になったところで、終わる。『苦役列車』では、女はいなくなるけど、別に彼女は映画の中でそれほどには大事ではない。だいたい原作小説では登場しないし。ということは、なんだか、別に3作品はつながらないではないか、と言われそうだが、そうじゃない。特に僕の中では完全に1本につながっているからだ。それって、僕の中だけの話ってことかぁ。

 この小説は釜ヶ碕で働く(もちろん、日雇い)青年が主人公。そこに後学のためバイトにやってきた大学生が絡む。2人の出会いから始まり、その大学生から、ある女の自伝小説の執筆依頼を受ける。この2人の設定はちょっと『苦役列車』に似ている、と思い読み始めた。時代設定も近いし、(80年代の終わり)映画を見る前の参考としてこれを読むのも悪くはないかも(なんの参考なのかはよくわからんが)と思って、読んでいく。どちらかというと、『苦役列車』よりこの小説のほうが映画化したなら、おもしろいのに、と思う。主役はそのまま森山未来と高良健吾でいいし。

 阪神大震災前夜の大阪の釜ヶ崎と、神戸の三宮、芦屋を舞台にして、ひとりの女と、小説を書くために仕方なく彼女を追いかけることになる青年とのドラマは、奇想天外な展開を見せていく。おもしろくて、本から手が離せなくなる。一気にラストまで読破してしまう。(と、言っても、いつものように通勤の電車の中でしか読書はしない。往復3日間、ものすごい集中力で、何度も電車を乗り過ごしてしまいそうになり、汗をかく)橋下市長が考えそうな(というか、もう考えていたっけ)釜ヶ崎カジノ計画とかも出てくる。

 90年代に突入した頃の気分を背景にして、まるで時代から取り残された青年が、偶然手にした小説を書くというモチベーションだけをたよりにして、自分なんかよりもっと悲惨な体験をしてきた女に取材して、彼女と一緒になって、彼女の過去ではなく、これから先の未来を生きようとする。

 「幸せなんてだいそれたものを、それまで僕は望んだこともなかった。生きるだけで必死の人間には無用の長物と見なしてきた」という彼が、オムライスをばくばく食べる結子(彼女の名前ね)の中に、本当の幸せを見出すラストシーンが心に沁みた。




コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 『スノーホワイト』 | トップ | 『あの頃、君を追いかけた』 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。