先日、『それからはスープのことばかりを考えて暮らした』を読んだ。抱きしめたくなるような、とても素敵な小説だった。あの世界の中で、ずっととまどろんでいたいと心から望んだ。でも、そうはいかない。あれは、夢の世界のできごとで、僕たちは現実を生きている。
吉田篤弘の描くこだわりの世界は、時のとまった静かな世界だ。そこではゆっくりと時間が流れる。まるで「きのう」と同じ「きょう」が続くように。でも、それは退屈なことではない。毎日が幸せで、その瞬間を心から楽しんでいる。疲れた心に沁みてくる。ずっとスープのことばかり考えて、毎日おいしいスープを作り続ける僕。僕は月舟町の映画館に通う。大好きな女優の映画を見るためだ。と、ここで『それからはスープのことばかりを考えて暮らした』のことを書きたくなるのだが、それでは少し、寄り道すぎる。
そんな僕の勤めるサンドイッチ屋(そこのサンドが実においしい! だから、そこで働くことにした)の息子がリツくんで、本作はそんな彼が主人公。大人びた小学生である彼が、「仕事」について考える。大人になったらどんな仕事に就きたいかを考える。「つむじ風食堂」に集まる大人たちに質問する。どんな仕事をしてますか、仕事についてどう思いますか、と素朴な疑問を投げかける。
こんな小さなお話だから、やはり、心に沁みる。12歳の頃、何を考えたか。宇宙人が出てきたり、100円で何が買えるかを考えたり。隣町(もちろん、月舟町)に路面電車で通いながら、おいしい食事をしながら、考える。
これは「ちくまプリマー新書」のために書かれた原稿用紙100枚の小説。一瞬で読み終えてしまう。でも、抱きしめたくなる。いとおしい。遠い昔、12歳だった僕に出会えるそんな貴重な一冊。