以前、伊与原新の『月まで3キロ』を読んでいる。本来ならこういうタイプの作品は理科系ではないから、苦手なのだけど、彼の小説は読める。蘊蓄を傾けることがないからだ。今回もそうだ。だから読みやすい。ということで、あれ以来の2冊目となる。
ただ、前半はつまらない。好きな女の子を守るため、影で支え続ける男の子のお話、というなんだか少女漫画みたいな設定が似合わない。謎の転校生の正体がいつまでたっても謎のままだし、彼女の失踪までを描く前半部分のテンポが悪すぎる。途中でやめようかと思ったくらいだ。ジュニア小説のような設定なのだが、決してそうでもないのは、このテンポの悪さと恋のさや当てのようなことにはまるで興味なさそうな展開ゆえか。『銀河鉄道の夜』を中心とした宮沢賢治の著作や彼の生き方に共鳴してさまざまなジャンルから(絵画、天文、もちろん文学、地質学とか)研究をする男女高校生たちが、主人公だ。
後半(Ⅱ章)に入り、巡検に行くところからが本題だ。3人の少年たちが自転車で2週間かけて賢治ゆかりの地を旅をする。その過程を丁寧に追う。ここから俄然面白くなる。基本は旅のスケッチなのだけど、ドラマチックではない、のがいい。なぜかここからお話に無理がなくなってくるのだ。こんなにも嘘くさいお話のはずなのに、それが自然に入ってくるのは、お話全体がひと夏の冒険と挑戦という誰にも心当たりがあるようなことで括られるからだ。敢えてドラマチックを排して、賢治への想いを中心にしたドラマとしてまとめた功績だろう。死者への想いという重いテーマを高校生たちの夏の思い出の中に封印したのがよかった。