これは1968年に出版された森山大道の伝説のデビュー写真集「にっぽん劇場写真帖」を復刻出版するふたりの男を追いかけたドキュメンタリー映画だ。もちろん、森山大道も登場する。というか、彼が当然、主人公だ。だけど、森山は何も語らない。映画は彼がコンパクトカメラを片手に持ち、いつものように東京の街をフラフラ歩いていく姿を後ろから追いかけた、だけ。いろんなものにカメラを向けて簡単にシャッターを切り、また、フラフラ歩いていく。そんな彼の姿を追いかけるシーンと、編集者と造本家が精魂傾けて森山の写真集を作る作業を並行して追う。
映画を見ながら、心が震えた。こんなドキュメンタリー映画を見たことがない。これは有名な写真家の偉業を記録する映画ではない。映画は、あくまでも1冊の写真集が出来るまでを描くドキュメンタリーなのだ。まだ若かった森山が初めて作った写真集。自分の好きな写真をそこに網羅した私家版だ。これで歴史を変えようとしたわけではない。でも、写真の歴史がここから変わった。それから50年。彼はまるで変わらない。30歳の若者と80歳の老人は同じひとだ。同じように今も軽快なフットワークでファインダー越しに世界を見守る。
映画はパリの写真フェスに向けてカウントダウンする。そこでの森山への喝采が描かれる。世界的に有名な偉大な写真家。だけど、黙々とサインしてファンと握手し、一緒に写真に納まる姿をどう思えばいいのか。言葉にならない。なんて軽やかなフットワークか!
写真集が完成し、森山に見てもらうシーンもさりげない。出来上がったばかりの写真集を森山は丁寧に1ページ1ページめくっていく。そして、とてもいい、と、簡単に感想を述べる。編集者と造本家の二人は、うれしい。
過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい。これはこの素敵なタイトルそのままの映画だ。僕も気負うことなく生きようと思う。自分の好きを貫けばいい。もちろん気負うことなく。そんなあたりまえのことをこの巨匠が体現してくれたのだから。