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映画・演劇のレビュー

額賀澪『屋上のウインドノーツ』

2016-01-31 19:33:14 | その他

このパターンの小説は収めるところが難しい。主人公たちにどこで負けさせるか、それはポイントだ。その点、この小説は実に上手い。変に引っ張らないのがいい。そこで、というところで、負ける。さらには、負けた後のお話になる。大事なことは勝つことではない。人生には負けることのほうが多い。だが、その負けっぷりを通して成長する。ドラマではないのだから、みんながみんな勝つわけではない。どんなに努力しようとも、負ける時には負ける。人生はそこで終わるのではない。それどころか、そこから始まることのほうが多い。

とある公立高校の弱小吹奏楽部が東日本大会を目指す。高校に入学したばかりの引っ込み思案の少女が、先輩に強引に誘われて、吹奏楽部に入る。彼女はいつもひとりぼっちで、なんにも楽しいこともなく、このままずっとひとりで人生が終わると思っていた。昔からそうだった。唯一の親友にも心は開けない。それどころか、優しく接してくれる彼女にすら心を閉ざしたままできた。だから高校は一緒の学校には行かなかった。彼女から離れたいと思ったからだ。

そんなもどかしい少女が、ドラムと出会い、先輩を通して、成長していく姿を描く、と書くと、これもまたよくある熱血クラブ小説のパターンから一歩もはみ出さない。

しかし、そのどこにでもあるようなお話がこんなにもキラキラ輝くのは、ここに描かれる弱い人間(たぶん、ほとんどの人間は弱い)が、そこに自分の活路を見出し、ちゃんと変わろうとするからだ。もちろん、あかんたれの彼女は、最初は自分では何もしない。みんなに支えられて、やがて、立ち上がることになる。

人と人とは支えあうことで生きていける。一方通行ではない。どちらかが、どちらかに、という図式では成立しない。先輩と彼女。彼女とその幼馴染の親友。前者を重点にして、この2つをちゃんと描く。何物でもない、ただの高校生が、自分の物語の主人公になっていく。

そして彼女はこの小説の主人公だ。そんな当たり前のことが愛おしい。最初は、いじけたまま。どこまでそれが続くか、と思わせるほど、だ。でも、先輩は諦めない。彼女は自分に似ている。自分の弱さと向き合えなかった彼は、彼女を通して自分の弱さを克服していく。へんなラブストーリーには一切ならないところもいい。余計なお話はいらない。大事なことから目を離さない。勝者はほんの一握り。大多数は敗者。最後に勝つのはひとりだけ。それ以外はみんな敗者だ。でも、みんなその勝者を目指して諦めないで戦う。これは勝つことを描く作品ではない。いや、彼女たちはもう勝っている。そのことを教えてくれるラストは涙なくしては読めない。

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