この映画は、この夏の1ヶ月でなんと3本の新作映画が連続で公開される三木孝浩監督の作品。その最初に1本だ。3本とも傾向が違う映画で、2週間おきに公開されていく。驚きの怒濤の新作ラッシュである。いくらヒットメイカーとはいえ、凄すぎる。正直言って心配だ。才能の安売りにならなければいいのだが、とデビュー作からのファンである僕は思う。そんな不安を抱えてまずこの作品を見た。
得意の恋愛ものだ。でも、正直言うともう食傷気味。宣伝でも引き合いに出されているが、『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』とよく似たテイストの作品のようだ。脚本は月川翔と松本花奈。気鋭の若手監督の共作。それを彼らよりは先輩の三木孝浩が監督する。どうせなら彼らふたりのどちらかにまかせてもいいんじゃないか、なんて思う。最近月川翔の映画が途絶えている。松本花奈の新作も見たいし。なのに、またまた三木孝浩作品である。彼が手掛けると手の内を知っているからもう見る前にある程度はどんな作品なのか、わかってしまうし、この素材なら新機軸も期待薄。そんな気分で見始めた。
だが、見終えた今、とんでもない誤解だったと気づく。三木孝浩は進化している。この題材を得てマンネリではなく、これまでの総決算となる作品に仕上げたのだ。もちろんデビュー作『ソラニン』から彼は変わらない。最初から完成度も高かった。あれから10数本(ここまでで16本)のほぼすべての作品を僕は公開時にすべて劇場で見ている。(『管制塔』以外すべてだ。あれだけはDVDで見たのだけど)
これまで基本的に青春映画を手掛けてきた。依頼されるから引き受けたのだろうが、嫌いじゃないはず。というか、とても好きなのだ。だから何度でもこの世界に入り込める。でも、さすがに少し傾向の違う作品も手掛けたい、と思うのだろう。昨年の『夏への扉』ではSFに挑んだ。その流れに来週公開の『タング』がある。さらには2週間後なんと経済小説に挑んだ『アキラとあきら』が続く。そんななかでの先陣を切るのがこの作品だ。総決算と書いたが、彼のスタンスは変わらないし、へんな力が入った映画にはしていない。きちんと作られた作品だ。そして丁寧。小さな世界。映画としては小品であろう。だが、それだから可能だった世界を見事に提示した。無理していない。ここ最近の作品はなんだか少し無理を感じさせるものが多かったので心配していた。たとえば『フォルトゥナの瞳』。SF的設定との融合が生きない。『君の瞳が問いかける』も同じ。正統派の恋愛映画と不思議な話の融合がしっくりとはこない。なんだかぎくしゃくしていて、無理がある。その流れに今回もあるようで、不安だったのだ。
だが、大丈夫。今回、堂々とこの不思議なお話と向き合いブレがない。映画は前向性健忘という奇病を扱い、眠ると前日の記憶を失う少女が主人公。彼女がひとりの少年と出会い、恋をする。なんだかなぁ、というようなお話なのだけど、この世界でしっかりと閉じてしまうのがいい。18歳の女の子と男の子の短い時間を1日1日を大事にして描く。夢のような時間。記憶が1日で消えていくのなら、精一杯輝くような時間を1日で過ごしたいと願い、実現させていく。少年は彼女のために全力で生きることにする。彼のやさしさと、彼女の強さ。さらにはそんなふたりを見守る彼女の親友の存在。この3人のお話として、映画は閉じていくのがいい。世界は広がらない。この小さな世界で充足する。
甘い映画だ、という感想は間違いだ。この状況の中で彼らは甘えることなく、きちんと生きていく。泣き言は一切言わない。少年の家庭の事情がサイドストーリーとして描かれる。彼は幼い日に心臓病の母を失い、心が壊れた父と、けなげに父と弟である彼を支える姉と暮らす。そんな姉のために高校生になった彼は姉の自立を促す。小説家になるという父と姉の夢に彼は寄り添う。自分のためにではなく、家族のために生きる。そして、同じように、たまたま出会った彼女のために生きる。
自分はやがて死ぬ。それならそれまで毎日を全力で生きよう、と彼は思う。それが彼女のためでもいい。いや、彼女のために生きることが自分のためだ。この子には自分の夢はない。母親と同じように心臓を患い、長くは生きられないと悟ったのか。いつから、死を意識したかは描かれないからわからない。映画の後半、いきなりいつ死ぬかわからない命だと親友の女の子に告白して、なんとその翌日いきなり死ぬ。あまりのあっけなさに愕然とする。彼の取った選択を巡るお話が続く。「忘れられてもいい。彼女の記憶の中に悲しい思い出として自分が残るくらいなら」という想い。そんな想いを大事にする。
彼女の病に回復が見られる。前日の記憶が少しずつ残るようになる。未来が見え始める。でも、彼との記憶は戻ることはない。だから、夢のために美大を目指すというラストも素敵だ。彼は死んだけど、姉の夢や彼女の夢の手助けができたことを誇りに思うことだろう。悲しいお話だけど、見た後で元気がもらえれる作品だ。
主人公のふたりを演じた道枝駿佑と福本莉子がいい。ふたりとも美男美女ではなく(ごめんなさい!)どこにでもいそうなふつうの男の子、女の子なのがいい。道枝駿佑はぼんやりした顔で、何を考えているのかわからないけど、信じられる人、って感じ。福本莉子はかわいいけど、特別ではない。だからもしこれが浜辺美波では嘘くさくなるけど、この子ならそうはならない。キャスティングの地味さがこの映画を生かした。全編途絶えることなく流れる音楽もこの映画の世界に気持ちよく乗せてくれる。この夢のようなお話は映画だからこそ成り立つ。3人がベランダから夕焼けを見る美しいシーンがあるが、これはそんなマジックアワーのような映画だ。