惜しいな、と思う。ラスト1行で失敗している。それさえなかったなら、かなり好きな小説だ、と思えたのに。甘いけど、その甘さを信じたいと思える。なのに、ミステリであることを重視して、しかも、見事なオチだとでも思って。作者の意図はわからないけど、あれでは台無しだ。僕は犯人捜しなんかどうでもいい。そんなことより、人の気持ちのほうが大事だと思う。
それは初めて彼女の小説を読んだときにも思った。デビュー作『告白』を読んだとき、ドキドキした。どうなるのか、これは、と思いながら本を読む手を止められなかった。こんなこわい小説はない、と思った。しかし、後半にさしかかってから、これは過剰だ、と思い始める。その違和感は最後まで来てはっきりした。そうじゃない、と。
あの時の気持ちを思い出させる。変わらないなぁ、というのが実感だ。もう少し昔話をする。その後、続々と出版される彼女の小説を読んだのだが、いずれも『告白』を超えられない。そのうち、飽きてきた。というより、安易な小説で時間のムダ、と思う。でも、読み易いし、読み物としては悪くないから、暇つぶしとしてなら、読める、という感じ。だから、今は3冊に1冊程度で読んでいる。だが、昨年の『絶唱』はおもしろかった。本気で書いた、って気がした。(もちろん、今までの作品が手抜きだというわけではない)
そんなこんなで、今回の1冊につながる。年末読む本がなくて、たまたま手にしたけど、他の本を先にしてどんどん後回しにした。さすがに図書館に返さなくてはならなくなり、ようやく読む気になる。(読み始めれば、電車の往復2日で読める)
最初は、おもしろかったけど、すぐに、飽きた。殺人事件のなぞを解く、とかまるで興味ないし。(じゃぁ、ミステリなんか読むな!)「人殺し」と書かれた告発文から、始まるけど、最初は気の弱い男の日常を描くストーリーで、とてもおもしろく、読む。彼がこれからどう生きていくのか、興味津々。だが、当然、そんな彼の日常のスケッチで終始してくれない。
お話の本題に入ったところからは、もう流してよめばいいかぁ、と思う。だが、お話の確信に入ったところから、俄然おもしろくなる。主人公の深瀬が、死んだ広沢の心の闇に迫るからだ。彼はなんでもできるエリートなのに、なぜか、クラスの中で誰からも手を差し伸べられない人とかかわる。かわいそうだから、ではない。そうすることで、自分もスクールカースト最下層に甘んじるのに。いや、彼は背が高く、頭もよく、運動神経も抜群で、なんでも出来るから、そうじゃない。なぜ、彼は、クラスで目立とうとしないのか。
広沢と深瀬はまったく別のタイプの人間なのに、親友になる。いや、親友だと思っていたのは、自分だけだ、と深瀬は思う。広沢は自分に合わせてくれていただけ、やさしいから、と。だが、本当のところはどうだろうか。この小説の面白いところは、そんな今は不在の広沢の心の奥に迫るところにある。深瀬は何人もの広沢と関わった彼の友人たちから話を聞くうちに、今まで知らなかった広沢に出会う。知り合いの証言から浮かび上がるほんとうの広沢とは、どんなやつだったのか。
ラストでようやく見つけた彼の恋人と向き合うところで、みんなのなかにあった広沢は明確になる。感動的なシーンだ。それだけに、もう謎解きなんかいらない、と思う。十分だった。犯人探しなんかではなく、コーヒーをめぐるお話の納めてくれたならなぁ、と思う。いや、そんなことより、広沢が行きたかった国のほうが気になる。