初めて3D映画を見て感心した。この映画の最大の魅力はドラマと3Dの融合だ。今まで、そんな3D映画を見たことがない。
もちろん、『アバター』を見たときにも感動はした。その奥行きを重視した作りにも確かに驚かされはした。けど、3時間見ているうちに疲れてしまったし、浮き出てくる字幕にはいつまでたってもなれない。(最初のころはあの重い3D眼鏡にも辟易した。)その後も3D映画で様々な冒険がなされてきたことは理解しているつもりだ。しかし、基本的にアトラクションにしかならないし、映画としては、意味をなさないと思う。特にドラマ性を重視した映画において3Dは邪魔にしかならない。しかし、今回は違う。さすがゼメギスだ。この映画は人間ドラマであるにもかかわらず、3Dであることがちゃんとした武器になっている。
見る前はクラマックスのワールド・トレード・センターの綱渡りにシーンだけのための3Dだと、思ったのだが、ドラマの中に3D映像がきちんと生かされてある。しかも、それがドラマの進行を妨げない。それだけで画期的なことだ、と思った。
もちろん、クライマックスの圧倒的な迫力に関してはもう絶賛するしかない。この高さが怖いと思った。映画だから、と客観的になれないくらいの迫力なのだ。このために3Dが使用されたと言っても過言ではない。400メートルを超える高さ。命綱もなく、(あっても、危険であることは変わりないけど)ふたつのタワーの間、40メートル以上の長さを渡る。ストーリーのなかに、ちゃんとこの怖さが描かれるのは、3D映像だからだ。自分が高いところが苦手だから、余計に切実な恐怖を感じられるのかもしれない。3Dはどうしてもゲーム感覚の映像として客観視してしまうことが多いのだが、これはそうじゃない。せりふも少ないし、ストーリーも単純なのもよかった。映像に集中できる。
ことさら強調するのではない。ただ、あるがままが、怖いのだ。ビルの屋上の端から下を見たときの恐怖。いや、見ないことの恐怖か。見たなら、目眩がして足が竦むから、見るな、という。だが、想像する。それだけで、怖い。主人公のフィリップ(ジョセフ・ゴードン・レヴィット)ではなく、(彼は恐怖を克服している)彼の協力者たちのほうなのだ。彼ら目線で見るから、怖い。こんなとんでもない高さで作業する。ちょっとでも足を踏み外したなら、死ぬ。
ドキドキハラハラは娯楽映画の鉄則だが、工事中のワールド・トレード・センターにワイヤーを仕掛ける作業のシーンがすばらしい。とても危険なことであるだけではなく、これは違法で犯罪行為なのだ。それでもこの挑戦に挑む。バカバカしい行為に命を張る。これは実話ではあるけど、映画ならではのドラマであろう。目の付けどころが素晴らしい。さすがゼメギスだ。その姿勢は『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の時代から変わらない。派手な仕掛けではなく、地味な仕掛けであっと驚かせるのが得意なのだ。
だが、実は映画として、これだけ興奮させられながら、見終えた僕は、もっと地味なドキュメンタリー映画『マン・オン・ザ・ワイヤー』という映画を見たときの興奮と感動に及ばない、という事実に打ちのめされている。あの映画はDVDでしか見ていない。(地味すぎて劇場ではパスしてしまったのだ。悔やまれる。)同じ題材を扱い、ドキュメンタリーでしかないのに、あの映画の圧倒的な興奮と感動になぜこの壮大なスケールの映画が及ばなかったのか。そこに映画のマジックが隠されている。
今回、この映画をできるだけ大きなスクリーンで楽しむため、くずはモールまで行ってきた。梅田では小さなスクリーンでしか上映していないからだ。公開2日目の日曜日の午後の上映なのに、ラージスクリーン400席の大きな劇場はガラガラだった。悔しい。
もちろん、『アバター』を見たときにも感動はした。その奥行きを重視した作りにも確かに驚かされはした。けど、3時間見ているうちに疲れてしまったし、浮き出てくる字幕にはいつまでたってもなれない。(最初のころはあの重い3D眼鏡にも辟易した。)その後も3D映画で様々な冒険がなされてきたことは理解しているつもりだ。しかし、基本的にアトラクションにしかならないし、映画としては、意味をなさないと思う。特にドラマ性を重視した映画において3Dは邪魔にしかならない。しかし、今回は違う。さすがゼメギスだ。この映画は人間ドラマであるにもかかわらず、3Dであることがちゃんとした武器になっている。
見る前はクラマックスのワールド・トレード・センターの綱渡りにシーンだけのための3Dだと、思ったのだが、ドラマの中に3D映像がきちんと生かされてある。しかも、それがドラマの進行を妨げない。それだけで画期的なことだ、と思った。
もちろん、クライマックスの圧倒的な迫力に関してはもう絶賛するしかない。この高さが怖いと思った。映画だから、と客観的になれないくらいの迫力なのだ。このために3Dが使用されたと言っても過言ではない。400メートルを超える高さ。命綱もなく、(あっても、危険であることは変わりないけど)ふたつのタワーの間、40メートル以上の長さを渡る。ストーリーのなかに、ちゃんとこの怖さが描かれるのは、3D映像だからだ。自分が高いところが苦手だから、余計に切実な恐怖を感じられるのかもしれない。3Dはどうしてもゲーム感覚の映像として客観視してしまうことが多いのだが、これはそうじゃない。せりふも少ないし、ストーリーも単純なのもよかった。映像に集中できる。
ことさら強調するのではない。ただ、あるがままが、怖いのだ。ビルの屋上の端から下を見たときの恐怖。いや、見ないことの恐怖か。見たなら、目眩がして足が竦むから、見るな、という。だが、想像する。それだけで、怖い。主人公のフィリップ(ジョセフ・ゴードン・レヴィット)ではなく、(彼は恐怖を克服している)彼の協力者たちのほうなのだ。彼ら目線で見るから、怖い。こんなとんでもない高さで作業する。ちょっとでも足を踏み外したなら、死ぬ。
ドキドキハラハラは娯楽映画の鉄則だが、工事中のワールド・トレード・センターにワイヤーを仕掛ける作業のシーンがすばらしい。とても危険なことであるだけではなく、これは違法で犯罪行為なのだ。それでもこの挑戦に挑む。バカバカしい行為に命を張る。これは実話ではあるけど、映画ならではのドラマであろう。目の付けどころが素晴らしい。さすがゼメギスだ。その姿勢は『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の時代から変わらない。派手な仕掛けではなく、地味な仕掛けであっと驚かせるのが得意なのだ。
だが、実は映画として、これだけ興奮させられながら、見終えた僕は、もっと地味なドキュメンタリー映画『マン・オン・ザ・ワイヤー』という映画を見たときの興奮と感動に及ばない、という事実に打ちのめされている。あの映画はDVDでしか見ていない。(地味すぎて劇場ではパスしてしまったのだ。悔やまれる。)同じ題材を扱い、ドキュメンタリーでしかないのに、あの映画の圧倒的な興奮と感動になぜこの壮大なスケールの映画が及ばなかったのか。そこに映画のマジックが隠されている。
今回、この映画をできるだけ大きなスクリーンで楽しむため、くずはモールまで行ってきた。梅田では小さなスクリーンでしか上映していないからだ。公開2日目の日曜日の午後の上映なのに、ラージスクリーン400席の大きな劇場はガラガラだった。悔しい。