児童文学の棚にあったのだが、そこはそれ。魚住直子という名前に過剰に反応して、すぐに本を手に取る。彼女の新作なら読む。『非バランス』の頃からのファンだ。『園芸少年』も大好き。今回もどこにでもあるようなお話で、もしかして、以前読んだのか、と思うくらいにありきたりなストーリーなのだが、すばらしい。大林宣彦監督の不朽の名篇『転校生』の昔から、というか、(原作は山中恒の児童文学の名作『おれがあいつであいつがおれで』なのだが)この男女が入れ替わるというバターン(これはふたりとも女の子だった)には枚挙にいとまがない。だから、大切にしたいのは、そこではない。
エレベーターの中、雷で瞬間停電して気がつくと、体が入れ替わっていたふたりの正反対のキャラクターの少女たち。そこから始まる事の顛末が描かれるのだが、お互いのことをお互いがないものねだりでほんのちょっとだけ憧れてして、だからそれが実現した時、ショックだけではなく、少しうれしい。だけど、そこから始まる物語はよくあるパターンにはほど遠い。
彼女たちが入れ替わったからだを利用するのではなく、入れ替わったことで、努力して自分に足りなかったものを手に入れようとするのだ。安易な話とはほど遠いというのはそういうことだ。そんな彼女たちの努力が、見た眼ではなく、内面から自分を変える。だから最後にもとのからだに戻った時、ふたりにはもう違和感はない。嫌いだった以前の自分から解放されている。でも、それはマジックのせいではなく、自分たちの努力のせいで、それをふたりが協力して手に入れたこと、それが大事なのだ。
こんなさりげないお話なのに、そこからこんなにも大切なことを教えられる。ストレートな児童文学というスタイルがこれだけ感動的な小説を作り上げるのだ。もちろんそれは魚住直子という希有な作家の力量なのだが、それだけではないことも事実だ。ジャンル小説のメリットをそこに感じる。
それはこの小説と前後して読んだ北川恵海のデビュー作『ちょっと今から仕事をやめてくる』にも言えることではないか。こちらは「ヤングアダルト小説」というジャンルだ。角川のメディアワークス文庫の電撃大賞受賞作。こういうすぐに読める簡単な小説から傑作が生まれるのである。純文学なんかいらないよな、とすら思えてくる。
ブラック企業に就職した男が心を病んで自殺しようとしていたところ、知らない旧友(!)に助けられて、彼との関わりを通して生きる意味を知ることになる、というこれまたよくあるパターン。ヤマモトと名乗る小学校の同級生らしい(自分には記憶がない)男の調子のいい話に乗せられて、元気を取り戻すのだが、それがさらなる災厄を生む。
詳しいストーリーはここでは省略。まぁ、単純でわかりやすい。だが、ここでも、ストーリーではなく、とても単純なメッセージが胸を打つこととなる。それはもちろんこのタイトル通りの展開だ。生きていくうえで大切なことは何か。ちゃんと教えてくれる。そして、とても納得する。わかりやすくて真実を指し示す。2冊とも200頁前後の分量なのだが、通勤電車の往復1日分の時間で読める。それなのにこんなにも豊かな気分をくれる。すばらしい。