この不思議な9つのお話はお互いに独立した短編であるはずなのに、どこかでつながっている。響きあう九つの「水」の物語、と帯に書かれてあるけど、まさにそんな感じだ。誰もが痛みを抱え、生きていく。大きな災害の後、どうしてそこから立ち直って、いくのか。
これは明らかに東日本大震災以降をイメージしたお話である。リアルな現実に対して、この作品は想像力を駆使して向き合う。
いずれもあり得ないような不思議な話ばかりだ。しかも、その展開とか、設定とか、(というか、唐突に、でも、さも当然のように、人が人以外のものになったりするのだ!)こんなへんなストーリーを受け入れさせるのが、今のいしいしんじで、彼の魔法に魅せられる。ここでは人と動物の境目はない。人が動物になり、動物が人になる。そして、必ずそこには水がある。
想像する力がこのお話を成り立たせる。想像を絶する出来事に対して、人間のイマジネーションはどう太刀打ちできるのか。これはそんな状況に対するいしいしんじによる壮絶な戦いのドラマなのだ。優しいお話だけど、実はとても重い。重くて辛い状況を乗り切る力。それがここには確かなものとして描かれてある。感動的だ。
新しい熊を作る。想像の犬がいる。海賊たちや、海で遭難する若者たちを助けるマグロの船乗り。ピアノとともにやってきた少女。移動する〈ふるさと〉や、海に入らない「オバアサン」たち。どうして彼はこんな不思議な設定で世界を語れるのだろうか、と、驚くことばかり。でも、それがとても自然なことで、何も考えないで受け入れている。共鳴し合う9つのお話を読み終えた時、世界はやはり優しい、ということが深く心に沁みてくる。