九鬼さんは関西小劇場演劇界にとって貴重な存在だ。なんて、偉そうなことを言えるような立場ではない。チンピラの僕とは違い、エリートの彼女をまるで「同じように芝居が好き、」というだけのことで、どうこう言うのはおこがましいけど、いろんな意味で尊敬している。
そんな彼女の30年の集大成がこの本で、ここに何が書かれてあるのか、とても楽しみだった。僕も(同世代)彼女と同じ芝居をほぼすべて見ている。ピッコロ劇団とか、メイシアターブロデュースとか、あまり見ない芝居もあるけど、それは反対に彼女が見ないけど、僕が見ているたくさんの芝居もあるのだからおたがいさま。というか、そんな程度の趣味の違いと立場の違いは誰にでもある。ここでは一切触れられていない、大阪青少年会館、プラネットホールのことや、ほとんど触れられないスペースゼロのことや、僕が少し関わりを持つ部分に、彼女はノータッチだ。それも当り前。ひとりの人間がすべてをフォローできるわけではない。
どちらかと言うと僕は裾野担当だ。まぁ、小劇場演劇自体が演劇の裾野であろう。だけど、だからこそそこには無限の可能性がある。どこの誰とも知らない集団がおそるべき芝居でデビューする瞬間を目撃したときの感動を僕は誰よりもよく知っていると自負している。
最初はオレンジルームだった。学生時代、オレンジ演劇祭を見て俄然芝居が、そして小劇場が好きになった。それまでも、つかこうへいや、唐十郎、もちろん寺山修司が好きだったけど、オレンジ演劇祭を通して、芝居は手の届くものになった。新感線や南河内万歳一座、次の世代の太陽族。今でも関西の小劇場演劇界の担い手である彼らとそこで出会った。そして、そこを起点にして、たくさんの劇団を見た。スタートは九鬼さんも僕もほぼ同じではないか。
この本を読みながら、知っていることの確認や、知らなかったことが、見えた気がした。レビューとして掲載されてある作品は8割くらい見ている。この10年くらいの作品ならこのブログにも載せてあるはず。比較のため(当時自分がどう思ったのか)の確認のため、読み返してもいいな、と思ったけど、時間がないからやめた。そんなことより、彼女があらゆる局面から取材し、書き下ろしたこの30年の記録を一刻も早く、先々と読み進めたかった。
あっという間に、読み終えられる。それくらいに面白い。400ページに及ぶ大作で、もちろん30年のクロニクルだ。なのに、読みだしたら止まらない。彼らの苦闘が確かなものとして伝わってくる。それを記憶し、記録しようとする彼女の苦闘も。だから、これだけのボリュームなのに、一瞬で読めた。
面白かっただけではない。ここには「演劇は何のためにあるのか」という大きな問いかけに対しての彼女からの確かな答えがある。(そんなの当たり前かぁ) 熱い本である。彼女の想いがちゃんと届く。