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映画・演劇のレビュー

『シン・ゴジラ』

2016-08-01 22:03:43 | 映画

 

公開初日に見に行くはずだったのだが、仕事の都合で見れず、今日(公開4日目)になった。こんなにも期待させる映画はない。最初からゴジラが出てくるのだ。早すぎる、と心配になるほど。しかし、大丈夫だ。この映画の作り手は確信犯である。いろんなことをわかった上で、冒頭から登場させている。

 

すごいテンポでお話が急展開する。そうじゃなくては、この緊急事態を描けない、とでも言うかのようだ。キャストも、凄い早口で、難しい専門用語をまくし立てて、一方的にしゃべる、しゃべる。大杉連の総理大臣だけが、ううん、と頭を抱える。見る前は、金子修介監督の『ガメラ』3部作のような映画か、と思ったけど、もっとハードな内容で、さすが庵野秀明! これはちょっと、冒険過ぎて、マニアにしか受けないのではないか、と心配にさえなる。『エヴァンゲリオン』と同じようなストーリーであり、よく似たスタイルの作劇なのだが、それが実写では新鮮。彼はこんな映画を作れるんだ、と感心する。

 

ガメラは経済映画だったが、これはもっとストレートに政治映画。怪獣映画であることを棄てている。そんな大胆なことがここでは許される。政治家たちしか出て来ないのだ。凄まじい数のキャストが、右往左往する。特撮映画であるよりもディスカッション映画の趣き。ゴジラの存在を忘れるくらいに延々と議論する。

 

国際連盟が(というか、アメリカが)核を東京に落すことでゴジラの息の根を止めようとする、という手荒な作戦をなんとかして、阻止して東京を、日本を救おうとする。日本のために頑張ろう、というようなお話になる。ゴジラは何なのか、なんて言わない。まるで自然災害のように描かれる。どうしようもない大災害に立ち向かう、という感じ。自衛隊の無力さ。アメリカの軍事力。さらには核兵器の投入。怒濤の展開である。

 

長谷川博已がヒーローになるのだが、ひとりで戦うのではなく、組織の中で指揮権を持ち、戦うという図式だ。傍観者ではないけど、ただのヒーローでもない。誰もが不眠不休で想定外の緊急事態と向き合う。この映画は、ゴジラが出てくる、ということ以外では、どこまでもリアルを求める。さらにはゴジラを象徴的に描くのではなく、現実として描く。リアリティではなく説得力を持って描く。凍結させたゴジラをどうするのか、とか、破壊された東京の今後の復興はどうなるか、とか。いろんなことを宙吊りにしたまま、終わる。ゴジラを倒してめでたしめでたし、なんかにはならない。放射能汚染の除去問題だとか、いろんなことが「終」のタイトルの後には残る。いろんなことを不安にさせる映画なのだ。

 


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