伊藤朱里のデビュー作。2015年作品。太宰賞を受賞した。25歳の女の2年に亘る不倫を描く。45歳の派遣先の上司。派遣満了で職場を去る。その前に上司とは関係を清算した。彼にはふたり目の子供が出来たらしい。同僚から聞かされた。
だが、主人公である恵那の恋人は彼ではない。小説は少しずつ小出しにして事実を見せていく。
衝撃は2度ある。まずは親友のメリッサが男だったこと。そして不倫の恋人との間にセックスはないこと。セックスをしていないと不倫だとは言えないかもしれない。プラトニックでも不倫なのか。男女で仲がいい関係は友人か?お互いに好き同士なら肉体関係を持たなくても不倫? 彼女は彼とセックスしていないどころか、誰ともしたことがない。男を受け入れられない体質だと知らされる。幼い頃父親から受けた虐待がトラウマになっている。男性全体を受け入れられない。ということは。さらなる衝撃がダメ出しのように訪れた時、さすがにそれはないわぁと思う。作者が故意に曖昧にしてそこまで隠していた事実が判明した時、全てが明らかになる。
彼女の恋人は派遣先の上司ではなく、彼の妻の方だったこと。それをずっと終盤まで隠してきた。そういうことだったのかと思うと納得するというよりなんだか騙された気になった。いくらなんでもここまで仕掛けられるとあまり気分はよくない。
彼女が壊れたいくラストはあっけない。あそこまでするならもう一波乱があってもいいのに、と思う。それまでで、こんなにもドキドキさせて、あまりにあっけないのは少し残念な幕切れだったというしかない。だがこれが彼女のやり方なのだと気づく。先日読んだ『稽古とプラリネ』もそうだったし、最新作である『内角のわたし』だってそうだった。確信犯である。男性を排除する。改めて凄い作家の登場だと認識する。
同時収録された受賞後第1作『お気に召すまま』もまた強烈な小説だった。6歳の頃、家を出て行った母。ベッドの下に隠れていた日々。大人になって高校教師になり結婚もしたが、今も心を病んだまま。「精神病なの?」と夫に言われた。離婚して初めてひとり暮らしを始める。自分を表に出せないまま心を閉ざす。
この2作のデビュー作には彼女のすべてが詰まっている。渾身の力作。