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映画・演劇のレビュー

『ノマドランド』

2021-04-03 20:47:38 | 映画

ドキュメンタリータッチで淡々と描かれるノマドになった女性の毎日。同じように生活する人たちとの交流。キャンピングカーでの暮らし。アメリカの美しいけど寂しい風景の中で彼女たちがどんなふうに過ごして、何を考え何を感じるのかが、さらりとしたタッチで描かれていく。物語としてドラマチックに描かれるわけではない。たったひとりで定職は持たず、季節労働のようなことをこなして流されていく。仕事もなく過ごす日々もある。でも、それを受け入れて、不満や不安も(表面的)抱かず淡々と生きる。

車が家だ。生きていくことは苦しい。でも、定住することはない。できないわけではないけど、しない。何が彼女たちを駆り立てるのか。『スリービルボード』のフランシス・マクドーマンドが主人公のファーンを演じるのだが、彼女の周囲で登場するほとんどの人たちが役者ではなく実際のノマドの人たちが演じていたことをラストの字幕を見て知った。でも、映画自体はドキュメンタリーではない。

この映画を見た後すぐ家で監督のクロエ・ジャオの前作『ザ・ライダー』を見たが(もちろんNetflixで)全く同じパターンだった。本人に演じさせることで映画はまるでドキュメンタリーのような趣になる。役者(といっても素人なのだが、みんな演技がとても自然で上手い)は自分を演じることで役を客観的に見ることができる。今回の『ノマドランド』は主人公を職業俳優であるフランシス・マクドーマンドが演じるのだが、彼女もまたとても自然にこの世界に溶け込む。

映画を見ながらこんなにも描かれる世界に溶け込めたことに驚かされる。映画を見ているというより彼らとともに旅をしている気分にさせられる。でも、それは感情移入して作品世界に没入したというのとは少し違う。見ている僕たちはとても冷ややかに目撃している。

夫を亡くして、住んでいた町ごと消えてしまった事実を起点にして彼女の旅は始まったのだが、そのことが彼女にどんな影響を与えるのかは直接は描かれない。だけれども、映画を見ていればその痛みは伝わる。この付かず離れずの絶妙な距離感が素晴らしい。監督のクールな視線が僕たち観客の視点となる。だから感情過多の映画にはならない。


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