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映画・演劇のレビュー

『奇跡のリンゴ』

2013-05-30 23:00:07 | 映画
 中村義洋監督がこういう感動の実話の映画化作品に挑むって、なんか不思議でどんな作品が仕上がってくるか、予測もつかない。それだけにとても楽しみだった。『みなさん、さようなら』でこれまでのキャリアの総決算をした後だから、これは彼にとっては新しいスタートとなる作品だ。襟を正して劇場に向かう。
 
 ユーモラスなタッチでほのぼのとした少年時代が描かれる。昭和50年代から始まる。青森の自然の中、木村少年の思春期のエピソードだ。そこでいつも彼を見て笑っている少女と出会う。というか、すでに出会っていたけど、それまではあまり意識しなかった。やがて成長して、親からお見合いを勧められる。そこで彼女と再会する!

 これはそんな2人(阿部サダヲと菅野美穂)を主人公にした奇跡の物語。無農薬でリンゴを作ろうとする無謀な男と、そんな彼を支える妻との感動のドラマだ。でも、それを中村監督はよくある押しつけの感動にはしない。当然のことだろう。では、彼はどんなアプローチをしたのか?

 実は何もしない。ただ、順番に出来事を羅列しただけ。淡々と見せるのでもない。ふつうに見せるだけ。阿部サダヲだから、コミカルに、なんて考えない。反対に彼に静かな芝居をさせるとか、そんなあざといこともしない。いつもの阿部さんでお願いします、って感じなのだ。そこに彼が演じる木村という男がいる。とてもいい奴だが、夢中になりすぎて周りが見えない。一生懸命だけど、家族に、友人に、村の人たちに、迷惑をかける。でも、どうしようもない。憎めない男だけど、やがて、彼の我がままのせいで、みんなが傷ついていく。もうどうしようもないところまで、追い詰められていく。

 映画は最後の最後で一発大逆転が起きるのだが、それは成功した実話の映画化だからで、現実にはこうして死んでいった男や、その犠牲になって壊滅した家族はたくさんあるはずだ。だから、これを見ていて素直によかったね、なんて喜べない。あのまま首を吊って死んでいた後が目に浮かぶからだ。

 妻や義父(山崎努がすばらしい。まるで報われないまま、ぼけ老人となり、死んでいく)もそうだが、一番悲惨なのは、3人の娘たちだ。こんな狂気の父親のせいで、ずっと苦しい日々を過ごして、なのに、まるで恨まない。それどころか、こんなバカ親父を信じてけなげだ。3人の子供たちがほんとうにかわいい。彼女たちを見ているだけで癒される。そんな映画なのだ。

 この映画は立派な男の成功譚ではない。まるでダメダメおやじの話である。そこを踏まえたうえでこの映画を見なくては間違った理解をする。中村監督はそのへんをちゃんと理解しているのがいい。でなくては、これは見ていられないような悲惨な映画になったはずなのだ。しかも、紙一重だし。ほんとうに危うい仕上がりだ。

 中村監督は、いつもの濱田岳もそうだが、今回の阿部サダヲも、まるで無邪気な存在として主人公を設定し、そう演じさせる。そこから不可能なドラマに突破口を見出す。そういう意味ではこの映画も今までの彼の作品の流れの先にあるといえそうだ。

 最初に出来上がったリンゴの小ささがよかった。虫を延々と取るのもよかった。お話ではなく、そういう事実をちゃんと見せる姿勢がいい。



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