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映画・演劇のレビュー

小川智子『ストグレ!』

2013-08-31 07:40:02 | その他
「小学校上級から」と書かれてあるけど、十分に大人も楽しめる。どちらかというと子供は厳しいのではないか、と思うくらいだ。でも、大人向けの小説でもちゃんと子供にも読めるものがあるのだから、これは確かに子供のための本なのだろう。小学校5年生の女の子が主人公なのだが、僕なんかよりずっと大人だし、彼女に教えられることばかりだ。この本を読んで、小学生たちからたくさんのことを学んだ。侮れない。

 もちろんこの小説を書いているのは小学生なんかではない。TVドラマの脚本家の小川智子さんによる初の小説(らしい)。最初はテンポが遅くて少しイライラするほどだったが、実はわざとこういうテンポをとっている。TVドラマの連続ものは今ではもう見てないけど、昔見ていた時のあの感覚がよみがえる。なかなか先に話が進まないもどかしさ。それが、ここにはある。だんだん慣れてくると、これはこれで心地よい。10章からなりのだが、これは毎日1章ずつ読んだほうがいいのかもしれない。でも、映画感覚で読むから、(というか、電車の往復だが)このスケールの本だと、1日半で読み終わる。なんだかもったいなかった。こんなにも心地よい世界にもっとずっと浸っていたい。

 閉鎖寸前の空手道場に入門した少女が、そこを甦らせていくお話。少女の成長物語のもなっている。彼女が、ほとんど誰もいない道場で、幼い2人の仲間と稽古する。道場主の先生はまるでやる気がない。門下生はみんな辞めた。そんな中で周囲の偏見と闘いながら、再生を目指す、なんていう感じのあらすじなのだが、そういう紋切り型の説明は不要だ。ある種のパターンを踏んでいるけど、大事なのはそんなことではない。

 ここにあるのは『武士道シックスティーン』にも通じる世界だ。空手は自分との戦いでもある。というか、スポーツはみんなそうだろう。相手は確かにいるけど、それ以上に手強いのは自分自身だ。自分の心と向き合い、負けないこと。

 この小説のタイトル、ストグレとは、「負けてたまるか!」という意味だ。奄美大島の方言で、主人公の少女、光希が、いじめられっ子だった太郎に教える。小説の中でこの言葉は最初のほうで一度出てきて、後はずっと出ない。もちろん終盤で、どんどん前面に出るのだが、その抑えた感じがとてもいい。

 この小説を読みながら、一番気に入ったところは、なかなか心地よくならないこと。どんどん不愉快なことが押し寄せてくる。普通ならもう少し、息抜きを入れながら展開させてもいいところなのに、そうはしない。なんだか意地悪な小説なのだ。これを読んでいる子供たちは途中で投げ出すのではないかと心配するほどだ。だが、それでもちゃんと我慢する。だって絶対にハッピーエンドがやってくるはずだからだ。そんなこと子供にでもわかる。作者はそんな駆け引きをしながら、この作品を書いたのではないか。簡単にあきらめない子供を作りたい。そんな想いが伝わってくる。楽することはできる。何も好き好んで辛い思いなんかしなくてもいい。だが、あきらめないことで手にするものは確かにある。そして、それは本人にとってかけがえのないものにある。そのことを教えたかったのだ。きっと。僕のような大人でも、そのことを改めて教えられて幸せな気分になれた。

 大切なことは勝つことではない。人生は負けてばかりだ。だが、負けることを恐れてはならない。負けることを、真摯に受け止めて、次に備える。今度は絶対に負けない。そう思える心が大切なのだろう。そんな当たり前のことを、小学生から、改めて教えられてうれしい。


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