東京での生活を清算して、故郷に戻ってきた男。祖父の仕事を手伝い、面倒を見るために。でも、実は自分のため。今までの暮らしに見切りをつけた。30歳を区切りにした。そんな彼のもとに、同じように東京での暮らしから逃げ出してきた大学の後輩がやってくる。そんなふたりが工房を開き、椅子作りをする。
自分の人生とどう向き合うかが描かれる。何のために生きているのか。何がしたいのか。夢はあるか。挫折を通して、自分を見つめなおす。好きなことを仕事にして生きていけたらいいけど、なかなかそうはいかない。生活の安定を最優先するのは決して逃げではないけど、なんか、それでいいと、言いきれない。ではどうすればいいか。よくわからない。彼ら二人の日々のスケッチを通して、見えてくるものは、好きなことをすることが、心地よい暮らしにつながる、という当たり前のこと。それを錦の御旗として、掲げるのではなく、恥ずかしそうに、でも、それはそれでいいという。これはそんなスタンスだ。
軽いタッチの小説で読みやすい。読みながら幸せな気分にさせられる、というよくあるパターンだ。でも、今はこういう小説がいちばんうれしい。現実はもっとシビアでこんなふうにうまくいくわではないことなんて重々わかっている。だけど、小説の世界では夢を見させて欲しい。もちろん、彼らの未来が輝いているわけではない。彼らの工房が簡単に軌道に乗るとは思わない(彼らだってそう思っているはず)けど、応援したくなる。こんな生き方だってある。何が正しくて、何が間違いだ、と断言できるわけではない。いろんなことが、わからない。でも、どこかで、決断を下して前を向いて生きていくしかない。読んでいて、読み終えて元気になれる。そんな小説だ。