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映画・演劇のレビュー

似鳥鶏『夏休みの空欄探し』

2022-09-10 15:50:09 | その他

今年の夏の終わりを飾る小説として、この作品を読めたのはよかった。この2022年の夏休み、いろんなことがあったけど、僕は人生で初めてただただ遊んで暮らすという夏休みを過ごせた。それって子供のころ以来のことだ。学生時代だって宿題とかクラブ活動とかいろいろあったし、働き出してからは夏休みは普段以上に忙しかった。昨年は母が亡くなった直後で、いろんなことがあり、楽しむなんてありえない。だから、この夏が人生で初めての何をしてもいい夏だったのだ。9月に入り、少し朝晩が涼しい。もうすぐ秋が来る。そんな時期に2022年最後の夏休みとしてこの本を読むことができてよかった。

謎解きや暗号解読という彼らが挑むものには、まるで関心はないけど(実はその部分はよくわからないから読み飛ばした!)でも、大好きなことにために全力を注いで「何か」(謎解き)に挑む姿を見守るのは心地よい。描かれることの根幹にあるものは先日見た沖田修一監督、のん主演の傑作映画『さかなのこ』と同じなのだ。「謎解き」か「さかな」かの違いだけ。「大好きなこと」のために自分の持てる力のすべてをつぎこむ。さらには彼は同時に大好きな女の子と一緒にいられる幸福を享受する。そんなありえないような最高の夏休みが描かれる。

ライ(成田頼伸)はクラス内では目立つことなく、息を潜めるようにして過ごしている高校2年生。同姓だけど、クラスの人気者キヨ(成田清春)とはまるで住む世界が違うから接点はない。そんなふたりがひょんなことで、一緒に行動することになる。二人の美少女と出会ったからだ。彼女たちとともに謎解きに挑むことになる。

正直言うとこの手のミステリは好きではないはずだった。だけど、これを読み始めたのは、これがひと夏の冒険を描く青春小説だったからだ。ジャンルはどうでもいい。ミステリという側面だけではなく、これが「好き」と向き合い、「どう生きるのか」が描かれているところに心ひかれた。(まぁ、それは読み終えて明確になったことだが)与えられた時間の中で、何をすればいいのか。何をしたいのか。何ができるのか。それは夏休みという限られた時間での話でもあるし、ネタバレになるが200日という命の時間の話でもある。

彼女が「死ぬ前にしておきたいことリスト」を実現していこうとしていたことが明確になる終盤からお話全体の謎解きだけではなく、人生の意味とは何なのか、という壮大なテーマへとつなげる展開が素晴らしい。リストに書かれたことがすべて実現した時、そこにあるのは満足ではなく、絶望が彼女を襲うことになる。もうこの先はない、と。だが、はたしてそうなのか。そこから先をどう生きるのかが新しい課題だ。大袈裟ではなく、この青春ミステリは「生きる意味とは何か」というテーマと真摯に向き合う。そしてちゃんとその答えを出す。

ラストシーンのさりげなさが素晴らしい。そういうことなのか、と教えられる。「私はここにいる」「会いにきてほしい」というメッセージをちゃんと受け取れた彼が素敵だ。人はどれだけ生きてもせいぜい120年。まぁ80年生きたら十分かもしれない。そんな限定された時間の中にいる。しかも、明日死ぬかもしれない。だから「今」を大事にしよう。ここにあるのはそんなメッセージだ。それがこんなにもしっかりと心に響く。いい小説を読んだ。

この作者の小説を読むのは初めてだが、この本を手にしてよかった。巻末にある著作リストを見たらそこには膨大な作品があったが、あまり読む気はしない。だからたぶんほかの小説だったなら僕は手にしなかっただろう。ただ、そこに「市立高校シリーズ」というのがあるのを見て驚く。関係ないけど、僕がキャリアの終盤11年間働いていた高校も「市立高校」という校名だった。最高に素敵な学校だった。もちろん、両者の間には一切関係性はない(はずだが)。なんだか少し気になる。


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