トランスパンダ『君と旅』

　なんだかとても暖かい気分にしてくれる。こんなにも優しいトラパンって初めてではないか。ナカタさんがとても静かでおとなしい女性を演じている。感情が先に表に出て溢れてしまうような女性を演じることが多かったので、意外な感じだ。情緒不安定でエキセントリックという印象が、僕の中では彼女の定番だったが、今回は最後まで静謐を湛えたままだ。自分の置かれた状況をきちんと受け止めて、ここにいる。そんな彼女が見ていてとても自然に入ってくるのがよかった。違和感なく自然体でそこに存在する。

　偶然やってきたカフェで、働くことになる。ここで過ごす時間をとても大事にしている。休みの日にはお客として、ここで過ごす。ここのオーナー（奈須崇）は交通事故で記憶障害に陥っている。彼の親友（北村守）は、いつもここに入り浸っている。近所のバーのマスター（上原日呂）も特別おいしいというわけではないのに、なぜか、毎日ここにコーヒーを飲みに来る。彼女の周囲にはこの３人しか存在しない。まぁ、この芝居には、彼ら４人しか登場しないからなのだが、それにしても超然として他に誰もいないことを当然のように受け止めるのがおもしろい。彼らだけがここで過ごす特別な日常が淡々と描かれる。コーヒーを飲んで、どうでもいいことをしゃべって、そこから彼らの恋愛模様が垣間見えたりもするのだが、そんなことよりも、ただここにいて、お互いにコーヒーを炒れあったりするのが楽しい。これはお話を語るための芝居ではない。心にそれぞれの傷みを抱えながらも、それを心に秘めて、ただ穏やかに心地よい時間を共有する優しい人たちのたたずまいを見せる。

　彼らの姿は、まるで子供とか、猫とかがじゃれあっている姿と何の変わりもない。なんだかそれが愛おしい。だから、それぞれが抱える事情とかが、芝居の中で徐々に明かされていくけど、それ自体はテーマではないと言い切れる。ナカタアカネさんにとってこれは新境地だろう。ただ甘いだけの芝居ではない。主人公がよく泣くがそれだって、きちんと計算されたうえだ。安易に泣かせているのでは当然ない。