習慣HIROSE

映画・演劇のレビュー

『バッテリー』

2007-03-03 12:24:58 | 映画
 これをありきたりだ、と言うならばどうぞご自由に。この素晴らしい映画が理解できないつまらない人間はほんとに可哀相だ。この映画には、生きていくうえで一番大切なものが確かに描かれている。その事実はゆるがせない。そしてそれは何物にも換え難い宝物だ。あまりに素敵で、興奮する。

 とても懐かしい風景の中で、昔ながらの子供たちが描かれていく。その純朴な姿を見ているだけで胸いっぱいになる。だからといって、これをただのノスタルジツクな感傷映画と受け止められたら困る。ここにあるのは普遍的な真実である。世の中がどんなに変わっても人間の本質は変わらない。

 生きていくことはとても辛い。自分ひとりの世界に籠もって、人に心を開けず生きている。病気でいつ死ぬかわからない弟にかかりきりで、全く自分のことを見てくれない母親に背を向けて、ただひたすらに野球に打ち込む。中学に入学する直前から、その年の夏までの、ある意味で人生で一番多感な時期。田舎のおじいちゃんの家に引越し、新しい生活を始める。周囲に誰ひとり知り合いはいない。そんな環境の中で、手にした軟球だけを拠りどころにして生きていく。

 たったひとりで野球をしてきた少年が、彼に心を開き、何のこだわりもなく受け止めてくれる友と出会い、戸惑いながらも生きていく姿が、美しい自然の中で描かれていく。自分の力だけを信じて心を閉ざしていた少年は、周りの優しさを、素直に受け止められない。歯がゆくなるくらいに、彼は頑なである。なのにみんなはどこまでも優しい。

 単純に、友情とか情熱を謳いあげるのではない。豊かな自然に包まれてのびのびと暮らす子供たちの姿を素朴に描いているように見せながら、この映画は、この単純な幸福を素直に受け入れられない傷ついた心を、ゆっくりと、ゆっくりと解きほぐしていく姿を根気強く描く。

 だから、この映画は信用できる。簡単なものではないのだ。長い時間をかけて失った心は長い時間をかけなくては、取り戻せない。粘り強い努力が必要なのである。春から夏へと移り行く季節の中で、少年は自分を取り戻していく。

 ミットめがけて思いっきりストレートを投げ込む。信じている。この球を受け止めてくれる友がいる。ただ、それだけのことがこんなにも嬉しい。

 これは野球を描いた映画だが、野球を通して再生していく一人の少年と、その家族の姿を描いた群像劇でもある。主人公の巧役の林遺都がいい。彼の相棒となる山田健太の暖かい笑顔も素敵だ。

 そして、何より弟、青波が素晴らしい。彼の無垢な笑顔と兄を信じきった姿を見ているだけで、涙がでてきそうになる。誰かを無条件でここまで信じられるなんて奇跡だ。「お兄ちゃん」という彼の呼び声を聞いてるだけで幸福になれる。

 

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