たまたま手にした小説だ。そんなに積極的に読みたかったわけではない。だけど、こんなにも嫌な話なのに、読みだしたら止まらない。嫌な気持ちになりながら、半分まで、読む。すると、後半、一瞬で読み終わる。一気読みしないではいられなくなるのだ。
花火大会を山の上から見ようとした4人の小学生たちの夏の日の物語だ。当日は登山禁止になっているのに、6年生の子供である4人は、4人グループのひとりの幼い妹4歳の女の子さえ連れて、夕方の山に登る。事故はそこで起きる。少女が殺され、もうひとり、彼ら4人の後をつけてきた中学生が重傷を負う。
それから22年後。(ここからが第2部、後半だ)あの時、重傷を負った男が殺された。お話は、その事件の解明に向かう。そこから派生した誘拐事件。こう書いていくと、これはミステリー小説だ。しかし、そうではない。これはあくまでも、少年たちの夏を描く青春小説なのだ。たまたま、この小説の直前に読んだ大根仁『打ち上げ花火、 下から見るか? 横から見るか?』と同じ。どちらも少年たちが花火大会に行く話で、これは山の上から見ようとしたが、あれは灯台の上から見ようとした。みんなとは違う視点から夏の花火大会を楽しもうとする話、という共通点があるだけではなく、少年たちの痛みを描くことに力点があるところがよく似ている。
どちらかというと、これは岩井俊二の『打ち上げ花火、』に近い。同じように6年生だし。大根仁の小説ははっきりと中1、映画版はキャラクターデザインから漠然と中2から中3に見える。この年齢における1,2年の差はものすごく大きい。その微妙なところをきちんと描きわけていないと、リアリティが損なわれる。この小説の「6年生の夏休み。もうすぐ転校する仲間。」という設定は大事だ。
前半のタッチはあまりに重すぎて、読むのはしんどい。だが、後半完全ミステリー仕立てでとても読みやすくて、一気だった。少年たちの冒険譚から、大人になってからのドラマへ。前半の不安感。後半の迷いのなさ。それが大人になるという事なのか。彼らが抱えていた痛みは22年の歳月持続したままだったこと。なのに、それがこんなにも簡単に氷解していくこと。
子供時代というのは、ほんとうに、たいへんだ。僕たち大人なら、なんでもないことが、彼らには重大なことになる。そんな子供たちに、大人たちはちゃんと寄り添えるのだろうか。そんなことを考えさせられた。とてもよくできた力作である。