習慣HIROSE

映画・演劇のレビュー

『星空』

2012-03-19 19:47:52 | 映画
 ファーストシーンの台北駅、中央待合所で、椅子に座る少女の姿を見たときから、この映画の虜になった。あそこで僕も座っていたことがある。ちょうど彼女が座っている同じベンチだ。初めて台湾に行った時、彼女と同じようにあそこで、ちょっと心細そうにして、待っていた。

 映画の中では、この後、天井から雪が降る。吹きぬけになっていて、とても高い。でも、駅のなかに雪が降るわけはない。この幻想的なシーンから、このメルヘンの世界は幕を開く。ファンタジーなのだが、13歳の少女の淋しい気持ちが、ちゃんと伝わり、胸に沁みる。

 ひとりでおじいちゃんの山小屋に行こうと思った。でも、勇気がなくて、家に戻る。手には切符が残る。彼女の覚悟の程が伝わる。自分の部屋に戻った彼女は、おじいちゃんに電話をする。「ごめん、行けなかった」と。せっかく切符まで買ったのに、勇気がでない。

 あの時、汽車に乗って、おじいちゃんに会いに行けたなら、何かが変わっていたかもしれない。でも、無理だった。お父さんとお母さんが昔のように仲がよくなる。おじいちゃんが死んだりしない。そのことが、きっかけになり、その後起きる出来事がなくなったかもしれない。でも、そんなことはない。

 その日は、クリスマスの夜だ。ひとりぼっちの部屋。窓の外から聞こえる讃美歌に誘われ、開いた窓越し、向かいの家に引っ越してきた少年と出会う。ここから2人の物語が始まる。

 この映画の話をこれからするのだが、何をどう伝えればいいのか。書くことがあまりにたくさんあってどこから手をつければいいのか、わからない。映画が終わった後、しばらくは、何も言えなかった。外を歩きながらも、しばらくは胸がいっぱいで言葉も出ないし、声を出そうとすると涙声になってやばい。しゃべれないよ。

 こんなことがあるのか、と自分で自分に驚く。映画を見て、こんなにも、感情的になることは久しくなかった。基本的に僕はいつでも冷静だ。なのに、今回だけは、ダメだった。心の琴線を激しく刺激してやまない。ありえない。トム・リンの前作『九月に降る風』が大好きだ。あの時も、見る前から大好きで、見た後、やっぱりもっと好きになった。でも、今回はあの時以上だ。ここまで心揺さぶられる。こんな単純な映画が、である。10代の頃、ベストワンは『小さな恋のメロディー』だった。(秘密だけど。)あの映画を初めて見たときの感動にも匹敵する。

 原作は『ターンレフト・ターンライト』のジミー・リャオの絵本で、昨年台湾であやこが買ってきたから家にもある。実は、僕より先に11月、台北で彼女はこの映画を見ている。とても気に入ったらしい。きっと僕が好きだろうから、と言われた。今回も、一緒に見に行った。

 クリスマスから始まり、クリスマスで終わる。大人になった2人の再会までのお話だ。とてもかわいいメルヘンなのだが、これは世界でいちばん愛おしい映画だ。

 2人でおじいちゃんの山小屋を訪れるシーンがすばらしい。もちろん、それまでだって、素敵なシーンが山盛りある。折り紙で作った動物たちと橋を渡るシーンなんて、凄すぎ。おじいちゃんの作ってくれた木彫りの青い象と夜の街を歩くシーンも、最高に切ない。すべてが悲しみと背中合わせになっている。これは両親の離婚に心痛める少女のものがたりだ。

 おじいちゃんが死んでしまって、おとうさんとおかあさんが喧嘩して、ひとりぼっちで。でも、彼と一緒なら大丈夫だ。家出して、2人でおじいちゃんの山小屋に行く。彼にあの星空を見せたいから。2年前に行った時の記憶をたどりながら、山道をいく。でも、道に迷う。雨が降ってくる。廃墟となった教会で一夜を過ごす。翌朝目覚めると、外の風景の圧倒的な美しさにドキドキさせられる。2人で廃線跡をたどる。ようやくおじいちゃんの住んでいた山小屋にたどりつく。おじいちゃんが生きていた時のまま。その日の夜、2人は「おじいちゃんの星空」を見に行く。ボートの上で、夜空を見上げる。でも、霧が立ち込めていてなかなか見れない。

 幸せな時間は一瞬で過ぎていく。でも、その記憶は一生忘れない。少女が熱を出し、彼は彼女をおぶって歩き出す。空には圧倒的な星の輝き。

 書くのを忘れていたが、トラックの荷台でスイカを食べるシーンや、2人の乗る汽車が天空を駆けるシーンも忘れてはならない。あれもこれも。

 この後、2人は別れ別れになる。時は流れる。でも、大丈夫だ。映画には、この後、すばらしいラストが待っている。大林宣彦の『時をかける少女』と同じように。少女は大人になり、なんと『藍色夏恋』のグイ・ルンメイになる! あの素晴らしい映画の女の子だ。

 この世の中には信じられないような映画がある。岩井俊二の『Love Letter』とか、ホウ・シャオシェンの『恋恋風塵』とか。要するにこれはそんな映画なのだ。それにしても、この作品が、日本ではまだ公開されない。でも、この秋くらいにはきっと公開されるだろう。これは僕の今年のベストワンである。

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