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映画・演劇のレビュー

『デンデラ』

2011-07-01 20:34:09 | 映画
 こんなにも凄まじい映画が商業映画として作られ劇場公開される、という奇跡を目撃できた。もうその時点で満足してもいい。これは空前絶後のことなのだ。封切りから5日目の夜の回、梅田の劇場なのに観客は30人くらいだった。きっと2週目からは上映回数は削減されるであろう。すぐに幻の映画になってしまうはずだ。もし気になっているのなら、僕のようにさっさと見に行った方がいい。この分ではすぐに上映は終わるはずだ。

 天願大介の父親である今村昇平の『楢山節考』が公開されたときは、カンヌ映画祭グランプリの威光もあり、映画はそれなりにヒットした。だが、今回のその後日談とでも呼ぶべき作品はこれだけの映画なのに、まるで観客からそっぽをむかれる。浅丘ルリ子を始めとして、錚々たるキャストが実年齢に近い老婆を演じて一応話題になっているはずなのに、この始末である。しかも、目撃した観客は唖然としてしまって、口コミでは広がりそうにない。

 これだけの傑作であるにも関わらず、多くの人の目に触れることなく消えていくのはもったいない。しかし、これはあまりにあくが強すぎて老人たちが見るには刺激が強すぎるし、若い人たちはホラー映画として見るわけにもいかず、困ってしまうことだろう。要するに興行的には最初からリスクが大きすぎる作品なのだ。

 それにしても、ここまで攻撃的な映画になっているとは思いもしなかった。天願大介はある意味で父親を超えてしまったようだ。この映画の老女たちは好戦的で最初から最後まで徹底して戦う姿勢を崩さない。ここに老人たちによるファンタジーのようなものを期待して劇場に足を運ぶと驚くだろう。

 70歳になって「お山」に棄てられた老婆たち。だが、どっこい生きている。30年の歳月をかけて老婆だけの国デンデラを作って、である。これは自分たちを棄てた村人に彼女たちが復讐するため戦争を仕掛けてくるという話である。なのに、映画はそんな復讐譚にはとどまらない。しかも、クライマックスであるはずの村を血で染めるバトルは描かれない。(まぁ、そんなものがあってもカタルシスは感じないだろうが)その前に、思いもかけない熊の襲撃や雪崩との戦いが描かれるのだ。予想を簡単に裏切り、易々とそんな次元を超えて行く。

 散々自然に苦しめられ、なんとかそれを克服して自分たちの村を作った後、ようやく復讐に向かう段になって、更なる過酷な自然との闘いが彼女たちを襲う。しかし、彼女たちは負けない。70歳から100歳の老婆たちがこれだけの凄まじい力を発揮する。こんな話を平気で作ってしまうというその事実にたじろく。

 それにしても浅丘ルリ子が凄すぎる。最初はこの村の存在に懐疑的だった彼女が様々な局面に立ち向かう中、変わっていく過程がスリリングに描かれる。あんなに強い70歳の女をリアルに演じられるのは、今の映画界には彼女しかいないだろう。その対極にあり、同じように強い意志で100歳の女を演じた草笛光子も別の意味で凄い。そんなこの2人が映画の屋台骨を支える。

 凄まじい雪の降る中、スクリーンには何が映っているのか見えないくらいなのに平気でドラマは描かれていく。これはそんなことお構いなしで展開する怒濤のドラマなのだ。命懸けでこの映画に挑んだ女たちに圧倒される。この天願大介監督による渾身の1作を最後まで目を逸らさず見極めて見よ!


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