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映画・演劇のレビュー

『静かな雨』

2020-09-02 20:18:38 | 映画

『4月の長い夢』がとても好きだったから、中川龍太郎の作品は見ることにした。宮下奈都の原作が大好きで、期待したのだけど、映画は同じお話なのに、なぜだか心惹かれない。だいたいこの小説はお話で見せる小説ではない。彼ら二人のたたずまいだけで見せる。映画も同じように彼らふたりをたたただ見守る。何もないお話だ。

繰り返される日常。彼女は毎日起きた時に前日の記憶を失うから、文字通り同じことを繰り返すしかないのだ。それでも生きていく。主役のふたりがあまり魅力的ではないからなのか。何かが足りない。映画自体は静かな映画で、悪くないはずなのだ。淡々とした描写で、彼らの日々が綴られる。それでいいはずだ。中川監督は静かな日々をちゃんと描く。感情的な描写はない。ドラマチックな展開もない。だからつまらない、という人は見ない方がいい。

足が悪い男と、パチンコ店の片隅でたい焼きを売る女。世界のかたすみで出逢う。でも、それは運命の出逢いではない。たまたまそこで出逢っただけ。でも、少しずつ距離を近づけていく。その少しずつを映画はゆっくりと見守る。男は足を引きずり、生きる。自分が幸せになれるとは思わない。彼女が好きになるが、気持ちを伝えることはない。自分が愛されるとは思わない。ただ、彼女をみつめているだけでいい。幸せだ。彼女の作るたい焼きを食べられたならいい。だけど、たまたま距離を詰める機会を得た。さらには、一緒に暮らすことになる。だけど、彼女は彼を愛せない。毎日記憶を失うから。先に進めない。でも、それでいい。多くは望まない。

映画はそんな主人公のふたりをただただ見つめるばかり。それでいいのか、とは思わない。それでいいからだ。嫌いな映画ではない。というより、とても好きな映画のはずだ。ラストの俯瞰でとらえる街の姿。優しい雨も含めて、これでいいのだけど、ただ、やはり何かが足りない気がする。それはなぜだ?

彼らの背景は一切語らない。今目の前にいるその姿を追いかけるだけ。事故の後、くり返される1日を生きる日々は切ない。だけど、彼は今のこの幸福を受け止める。いつまで続くかわからない。やがて終わりがきても、かまわない。受け入れる。潔いのではない。彼はきっと『夕鶴』の与ひょうと同じだ。でも、彼は彼女の秘密を覗くようなことはしない。今の彼女を受け止めるだけ。だからといって、この日々がずっと続く、というわけではない。未来はない、わけでもない。この行き止まりのような場所で、出逢い、生きる。それだけ。


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