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映画・演劇のレビュー

『おみおくりの作法』

2015-12-29 18:16:13 | 映画
原題は『スティル・ライフ』。「静かな生活」ではなく『静かな人生』か。でも、出来る事なら、『静かな生活』と訳したい。初期のニュートラルのお芝居で、そういうタイトルのすばらしい作品があった。保坂和志の初期の作品にも、あった。伊丹十三の映画にもある。シンプルだけど、奥の深い、とてもいいタイトルだ。そこに込められたさまざまなものが、このタイトルにはある。(それだけに、『おみおくりの作法』というのはつらい。)

この映画もそうだ。こんなにも無口な映画は、なかなかない。静かだ。彼は何も言わず、黙々と自分の仕事をこなしていく。だが、最後はあんなにもあっけない。突然のラストで、涙が止まらない。そうくるか、と思う。だが、それが残酷だとは思わない。人生なんて、そんなにもあっけないものなのだろう。それもまた真実だ、と受け止める。理不尽である。でも、それもまた、ある。

身寄りのない死者(ほとんどは独居老人だろうが)、彼らの死んだ後のお世話をする男のお話だ。彼はロンドンの地区センターで民生係をしている。誠実に仕事をこなす。22年間、この仕事をしてきた。今、44歳。風采の上がらない、一人暮らしの彼は、でも、そんな生活を悔やんではない。もっと他の人生もあったはずだ、なんて思わない。ただ何も言うことなく、毎日同じように出勤し、地区で亡くなった身寄りのない人たちの死後の世話をする。淡々と責務を果たす。彼には家族はいないようだが、そんな彼の背後は一切描かれない。今彼の目の前にある時間だけが描かれる。

役所勤めなのだが、事務的に仕事をこなすのではなく、死者のために出来る限りのことをする。誰からも看取られずに死んでいった人たちの葬儀を執り行い、出来る事なら、家族を、それが叶わなければ、生前関わりのあった友だちを呼んでくる。最期の瞬間を一緒に悼む。だが、ほとんど家族は見つかることはないし、例え見つかったとしても絶縁している家族は、もう死者となっても関わり合いたくない。だから、結局は、死んだ後も、それまで全く知らなかった彼がひとりで看取ることになる。

誰にも知られず、死んでいく。そんな人たちの人生にも、さまざまな出来事があった。こんなふうに晩年を過ごした。そして、たったひとり死んでいった。

彼はそんな人たちを送る。この90分ほどの短い映画を見終えたとき、生きていてよかった、と心から思える。あんなラストなのに、それが、悲しくない。嗚咽して泣いてしまうくらいなのに、そんな彼の人生を肯定できる。誰からも、褒められもせず、評価も受けず、でくの坊と呼ばれても、いい。(彼は宮澤賢治ですかぁ)でも、そんな生き方を僕たちは知っている。最高の幸福に包まれる奇跡のラストを見届けて欲しい。

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