たまたま、である。京都に行く用事があり、ついでに映画でも、と思いチェックしていてこの映画が上映されていることを発見した。早朝のみの1回上映である。キネマ旬報で、この映画のことは知っていたけど、関西で上映されているなんて知らなかった。(僕は基本梅田地区で映画を見る。だから、まめに梅田周辺の映画館なら上映予定を見ているけど、そこにはまだなかったので。映画を見た後で、調べたらなんばパークスシネマで1日1回上映されていることを知る。)
長澤雅彦監督の新作である。『天国はまだ遠く』(今回の映画の主人公である凪の両親、加藤ローサと徳井義実が主演した)や『遠くでずっとそばにいる』も素敵だったが、近年彼の新作はなかった。それだけにこの映画の監督が彼だと知り、早く見たいと思っていたのだ。彼の映画は大好きだ。『夜のピクニック』以降、ますます好きになった。一番好きな映画は『青空のゆくえ』。あの少女たちが忘れられない。彼はかたくなにピュアな女の子たちの生きる姿を追う。女の子といっても、子供だけではない。大人になってもまだ女の子のままの女性も含む。だから、今回もそうだ。小学4年の女の子、凪(新津ちせ)を主人公にしながらも、実はもうひとり、彼女の母親(加藤ローサ)である「女の子」のお話でもある。
彼女は都会での暮らしを棄てて、この島に戻ってきて、看護師として生きていく。彼女は断固として夫を許さない。強い女というより頑固な女だ。自分の正義を曲げない。夫の暴力から逃げてきた弱い女ではなく、心の弱い夫を切り棄ててきた。少女としての強さを持つ。さらにこの映画にはまだまだ少女が出てくる。小学校のまだ若い女先生(島崎遥香)もそうだ。彼女は一見弱々しい。でも、強い意志を持つ。そしてもうひとり、凪のおばあちゃん(木野花)。彼女だって、そう。無医村であるこの島でひとり生きてきた。彼女たちのキラキラ輝く姿は少女の輝きだ。だから、これはこの4世代の女の子のお話なのである。
そして、この島の心優しい人々のお話でもある。瀬戸内海に浮かぶ島が舞台だ。そこの小さな小学校に転校してきた凪。生徒はなんと5人。先生は先の女先生と校長先生のふたりだけ。用務員さん(嶋田久作)もいるけど。なんだか懐かしい『二十四の瞳』のような映画だ。昭和ノスタルジーをかきたてる設定の心温まる映画だ。甘い映画かもしれない。でもこの優しさは大事にしたい。ここに来ると癒される、映画はそんなお伽話でもいい。でもただただ甘いだけではなく、そこには切実な現実が背中合わせだ。アルコール依存症の父が母に暴力を振るうシーンがインサートされる。彼女たち母子はそんな父から逃げてきたのだ。少女はこの島で元気に過ごし、明るくふるまうが父のことがトラウマになっており、時折、過呼吸を起こしてしまう。島の人々はそんな事情を知った上で、温かく接してくれている。
この夏、最高に素敵だった映画『サバカン』同様、これもひと夏の物語だ。現代を舞台にしながら、昔ながらの暮らしをそこで送る人たちの姿を描く。センチメンタルで懐古趣味の映画だと思う人もいるだろうが、気にすることはない。この映画のよさがわからない人にこの映画を語る資格はない。長澤監督の姿勢はずっと変わらない。一生懸命に生きる人を信じる。そこから道は開けるし、助けてくれる人も現れる。母子の夫は離婚され二人と離れて、大切なものに気づく。だから自力で依存症を克服し、ふたりを迎えに行く。かなりの映画評論家先生は「甘いな、」と言うだろう。でも、そうであればいいではないか。父親は東京での医師としての仕事を棄てて、この島の医者になる。医者である義母の後を継ぐ覚悟だ。
凪と同級生の2人の男の子たちとのお話が楽しい。そこが映画の中心だ。彼らが見るこの島の風景、そこでのさまざまな出来事がこの映画を引っ張っていく。今回もまた素敵な映画だった。見れてよかった。