習慣HIROSE

映画・演劇のレビュー

『リテイク・シックスティーン』(後編)

2010-01-27 20:16:41 | その他
 最後まで読み終えて、結局、何の説明もしなかったんだな、と気付く。きっとしないだろうな、と薄々気が付いていたが、思った通りでほっとした。スキー合宿のところでそんな予感はしたけど、その潔さに、痺れる。これでなくては、ダメなのだ。SFではないのだから、理由なんかいらない。事実だけがそこにあればよい。

 孝子は12年後の世界からやってきて、もう一度15,16歳という時間をやり直す。高校1年の最初から始める。前のような失敗はしない、と覚悟を決めて生き直す。沙織はそんな彼女に巻き込まれる。同じことを2度やったからといって上手くいくとは限らない。人生に「もしも」がないように、2度目の人生にも、それはない。この瞬間だけがすべてだ。1度目と比較すること自体がナンセンスなのだ。前よりよくなっているか、ということは、よくわからない、としか言いようがない。なんだかそれってどうよ、とも思う。でも、そんなものなのだ。ままならない。先が読める、というわけではない。少しずつ状況は変わっていくから、1度目の経験は生かせない。

 だが、今度の人生は彼女にとってかけがえのないものとなる。1歩踏み出したことで手にしたものを彼女は手放したりはしない。未来は変えられない。だが、今ここにいる自分は無限の可能性を秘めた時間の中を生きている。何度やっても同じだ、なんて諦めるのではなく、この今というかけがえのない時間を大事にして、生きようとする。この小説はその喜びを描く。

 もう前の人生のことは話さない、と孝子が覚悟を決めた時、このドラマは幕を閉じる。なぜ、こんなことになったのか、原因を探るなんてことはもう関係ない。こうなってしまった以上、それを受け入れて、ベストを尽くすしかないのだ。こうなったその先にむけて、生きていくことを大切にする。

 こうなったからこそ出来たことはたくさんあった。この4人が出会えたのもそうだ。前の人生にはこんな仲間はできなかった。彼らとの友情、それは孝子が努力によって勝ち取ったものだ。だから、沙織も医者になろうと思えた。それは「前の人生」ではありえなかった話なのだ。

 この作品は豊島ミホの到達した輝かしいゴールである。おめでとう。そして、ほんとうにありがとう。

 彼女がいつかまた、書きたい、と思い、この世界に戻ってくる日を待っている。だから、しばらくの間、さようなら。また、会える日まで。  ずっと待ってる。

 

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