こんなにもつらい小説だなんて思いもしない。表紙のかわいいイラストのイメージから描かれるドラマは遠すぎる。だが、あの優しい光景は確かにこの小説世界を象徴する。決して嘘ではない。子供たちは生き生きしているし、主人公であるまだ20代後半になったばかりの若い女先生は一生懸命で素敵だ。だから、この過酷はお話はつらい。
読みながら、「これは無理だ、」と思った。これでは彼女自身が壊れてしまう。でも、逃げるわけにはいかない。日本語がわからないベトナム人の生徒。暴力を奮い、ぷいと授業中教室から出ていく生徒。不登校気味で給食だけを食べにくる生徒。等々。それは学校の問題ではなく、まず家庭に問題がある。でも、彼女は投げ出せない。確かにこの痛みと向き合うべきだ、と思った。(読むだけでも、苦しいけど。)
教師5年目の小学校教諭。困難校に転勤し、そこで初めての6年生の担任をする。誰もが投げ出したクラスだ。これはTVとかでよくある嘘くさい「熱血教師もの」ではない。とてもリアルで重い。とんでもなく大変な状況にある子供たちと向き合い、ボロボロになっていく姿が描かれる。
安易な「感動もの」ではない。ここに描かれる子供たちを巡る世界は彼らが抱える現実だ。これはお話の世界ではない。どうしようもない現実が横たわる。その対応は、一教師にできる範疇を超えている。でも、彼女は誠実に彼らの現実と向き合う。これは教師の仕事ではない、と思うこともたくさんある。教えることなんて、ほんの一部でしかない。もちろん授業がまず一番かもしれない。でも、その前に彼らにはクリアしなければならないものがある。彼らの命を守る。次に、生活を守る。このお話はまずそういう次元から始まるのだ。
1年間。彼らが卒業を迎えるまでのお話だ。投げ出すことなく、守り続ける。自分にできることなんて、しれているかもしれない。でも、やらなくてはならない。今まで、そこから目を背けてきた教師ばかりだった。だから、子供たちは先生なんか信じない。(見棄てられた)そんな子供たちと、彼女はまっすぐに向き合う。
いや、向き合い壊れてしまったのかもしれない。同僚からは「ここで3年間我慢したら転勤して楽な学校に行けるから、」とか言われる。それってただ逃げているだけ。でも、それくらいの気持ちでいなくてはここではもたない。彼女はそんな怒濤の日々を乗り切る。生徒を信じた。でも、何度となく裏切られることにもなる。生徒たちは裏切りたくて裏切るのではない、場合もある。過酷な現実に何度となく潰される。やがて、立ち直れなくなる。ここには綺麗ごとはない。重い現実だけだ。でも、それと向き合うしかない。
読み終えて、満足感ではなく、重いため息をついた。卒業したら終わりではない。彼らにはこの先に過酷な毎日が待ち受ける。そして、次の6年目、彼女にもまた新たな試練が待つ。読み終えたとき、ふと自分の5年目の日々がよみがえった。初めてクラス担任を持ち、3年生まで持ち上がったところで、学科主任から「若い君には3年生の担任は持たせられない」と言われた。「就職の世話や、その後のフォローは専門科の教師でしかできないから」と。あの時僕はまだ26歳だった。