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映画・演劇のレビュー

西加奈子『サラバ!』

2015-02-19 18:34:37 | その他
涙がとまらなかった。上下2巻700ページ強の大作である。男の子の一代記になっている。でも、立身出世伝とか、そんなのではない。普通じゃない家族のお話で、それがこの男の人生をいかに捻じ曲げたのかを、丹念に綴っていく。

ちょっとした大河小説で、でも、終盤で主人公が若ハゲに悩むなんていうエピソードが綴られるのだ。どんどん髪の毛が抜けていくのは、若い男子にとって衝撃的であろうけど、それが小説の重要な要素として丹念に描かれるというのは、いかがなものか。美男子で、これまでずっと女の子にモテてきた男が薄毛になり、無残になり、みんなから可哀想と思われ、そんなことより何より、まず自分が悩む。そんな姿が描かれていく。えぐい。だが、そんなことも、この小説にとってはとても大事なことなのだ。

イランで生まれ、逆子で、左足から生まれてきた男の子が34歳になり、ハゲになり、小説を書き始めるまで。彼のここまでの人生のすべてが余すことなく綴られているのだ。両親のこと。姉のこと。いつも怯えながら暮らしたこと。自分の意志なんかなく、ただ密かに目立たず、波風の立たない毎日を望んだ。現実は嵐のような日々であろうとも。その先には何があったか。

ラストで歩(彼の名前だ)は、20年以上の歳月を経て、再び自分の原点である(幸福だった時代)エジプトへと向かう。カイロ、サマレク、あの家のある町へ。親友のヤコブと再会するために。何の約束もしてなかった。いきなり訪れた。会える宛なんかない。今でもあの家で暮らしているはずもないのに。衝動的にそこまで行った。だが、会うことができた。

約束はした。10歳の日だ。別れの時。「また、会おう!」と。でも、あの時だってもう二度と会えないと子供心にもわかっていたはずだ。信じてなんかなかった。しかも、つい最近まで彼のことなんか忘れていた。

なのに、2人はこうして再会した。それは奇跡ではない。ちゃんと約束したから。

ひとりの男の誕生から、今日まで。彼が初めて自分として生きることになる瞬間までが描かれる。ずっと自分から目を逸らして生きてきた。自分の人生なのに。それは運命だと思い、逃げてきた。家族のせいで自分は犠牲になった、と思ってきた。そして、上手く世渡りしてきた。でも、結局はそれは自分の弱さでしかない。凶暴な姉のせい、勝手な母のせい、あげくは大好きだった父のせいにして、抜け続ける髪の毛からも目を逸らし逃げてきた。

 「あなたが信じるものを、誰かに決めさせてはいけないわ」と言われる。彼を散々困らせてきた姉から教え諭される。それを受け入れたとき、歩は歩み始める。タイトルの『サラバ!』という言葉に秘められた意味。それがこんなにも胸に沁みる。傑作である。

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