小寺さんはただただ登るだけ。ボルダリングに打ち込む彼女を、映画はただただ見守るだけ。彼女がなぜここまで登ることに囚われるのか、説明は一切ない。そんな彼女の姿から目が離せなくなるのは、同じように体育館でクラブ活動をしている卓球部の男の子、近藤だ。彼は彼女を目で追う。恋心ではない。ただただ彼女の姿が気になるのだ。登る姿が、である。登る彼女から目が離せない。ストーカーではないから、彼女に終始付きまとい、追いかけるのではない。
こんな映画はない。ここにはお話はほとんどない。彼らの気持ちが描かれるのではない。彼女が登る姿と、それを見つめる姿が描かれるばかりなのだ。こんなにもシンプルなお話で1本の映画が成立するなんて奇跡だ。ふつうここまですると、退屈するしかない。あまりに単調で眠くなるはずだ。ところがどっこい、そんなことはまるでない。
彼女の登る姿に心惹かれるのは彼だけではない。4人の男女が彼女を見つめることになる。それぞれのお話は描かれるけど、あくまでも小寺さんを見つめる彼らのお話に終始する。もちろん小寺さんを見ることで彼らもまた変わっていくことになる。そこには押しつけは一切ない。なさ過ぎて戸惑うばかりだ。小寺さんおひたむきさに影響されて自分たちも彼女のようになろうとする、とかいうような安易な展開ではない。ただ、彼らは彼女を見守る。そして僕たち観客も小寺さんから目が離せなくなる。小寺さんは天然だ。ボルダリングのことにしか興味はない。目の前のことに夢中になりそれ以外のことは考えない。
この映画は潔い。古厩智之監督はいつも以上に禁欲的で何も語らない。彼もまた彼女の姿を黙々と追うだけ。映画はキラキラ青春映画のような恋愛やドラマチックからは無縁。でも、等身大の高校生の姿が見事に捉えられてある。素晴らしい。