こんなへんなお話あるか、と思いつつ読み進める。きっとどこかにオチはあるから、と思うけど、なかなか、それが見えてこないし、わからない。この仕掛けがわからないまま、結局最後まで読んで「やられたぁ、」と思う。そして、涙が止まらない。
これはこんなに優しい小説だったんだ、と改めて思う。瀬尾まいこの作品なんだから、きっとがっかりすることはないとは思ったけど、つまらないSF仕立てにもならないで、このオチに至る。うまい、というよりも、やはり優しい。心の痛みに寄り添い、そこからちゃんと旅立てる。
結婚は逃げ場所ではない。主人公は36歳でお見合いのような出会いから、結婚に至るのだが、その直前のある日、わけのわからない男が突然現れて、自分の兄だと名乗る。名乗る癖に名前は言わない。12歳も年下のくせに、兄だと言い張る。絶対知らない人だし、自分には兄はいない。でも、調子のいいその青年に振り回されて、気付けば「兄」ということにも何の違和感もなくなる。果たして彼は何者なのか?
みんないい人たちばかり。でも、彼女はずっと心に闇を抱えたまま今日まで生きてきた。もういいかげん忘れてしまえば、とも思う。もう時効だよ、と思う。だけど、それはトラウマとなり、今も胸を張って生きられない。そんな現実がある。
青年は彼女の生活に土足で入り込んでくる。(というか、ちゃんと靴は脱いで入り込むのだけど)そんなおかしな男を彼女だけではなく、彼女の婚約者も、その家族も受け入れる。彼の秘密がわかる時、なんだか何だが涙は止まらない。
甘い話だよ、という人もいるかもしれない。でも、そんなやつは相手にしない。しつこく人の弱みをつつくのではなく、さらりと、描く。彼らにとってそのことは人生を失くすほどの重大事であろうとも。時間は解決しない。でも、時間が癒す。封印をしていた記憶の底にあったものが、明るみに出る時、自分は決して不幸なんかじゃない、と気付く。大切にしてくれる人がいる。ずっと忘れないで、心に止めていてくれる。それがある日わかる。そんな幸せがここに描かれる。