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映画・演劇のレビュー

カラ/フル『海のホタル』

2021-06-27 17:49:13 | 演劇

木下菜穂子が素晴らしい。彼女がこのバカな女を見事に演じた。彼女の弱さと愚かさを客観的に捉えたオダタクミの演出も素晴らしい。『海のホタル』ってこんな芝居だったのかという新鮮な驚きがある。この作品は、主人公であるレイコという女以上に男たちが愚かで、そんな男たちを翻弄することになるはずの彼女が結果的には自分で自分を追い詰めていくことになるのだが、オリジナルであるくじら企画の大竹野演出は彼女に寄り添いすぎて、完全に彼女に感情移入する作りになっていた。だけども、今回のオダ演出はちゃんと彼女との間にちゃんと距離をとっているから、彼女の愚かさを客観的に見つめることになる。ラストの息子を殺してしまう泣かせるシーンも、今までとは違う印象を残す。木下さんの力演とそれを醒めた目で見守る演出の視点。そのダブルスタンダードが素晴らしい。

オダくんは感情に流されることなく冷静に主人公レイコの行為を見つめていく。ラストの強烈な独白シーンを見ながら、この女はとてつもなくバカだ、ということを一歩引いたところで見つめる演出と同目線で観客である僕たちも見ることになる。しかし、それはこの女性にあえて感情移入さえないのではない。彼女に寄り添いつつももうひとつの視点も確保する。それは木下菜穂子の力演が可能にした。彼女の姿が滑稽に見えたならアウトだ。彼女に完全に寄り添うのもアウト。冷静に考えるとこの女は愚かだ。しかし、その愚かさを全肯定させてしまうほど人間は愚かなものだ、と思わせてしまうところに大竹野作品の凄さがあるのだが、そんな感情論を上回る理性で包み込む冷静さがオダ演出にはある。きちんと主人公と距離を置く。彼女は自由を手に入れるために夫を殺し、息子すら殺してしまう。何からの自由なのかというと、お金からというところが悲しい。つまらない男と一緒になりギャンブルにつぎ込み、大金を失う。悪い男に騙されたのではない。自分を見失ったのだ。彼女の意味のわからない狂気と、それを助長する男たちの狂気。理屈ではない怖さがここにはある。

今回の特徴は男たちだ。笑わせるくらいに愚かな男たちがいるから、主人公の愚かさが薄まるというのが従来のパターンだったが、今回の男たちは実にシリアスだ。特にホカオを演じた白木原一仁が凄い。彼はこの男の怖さを見事に体現した。秘められた狂気をさりげなく表現する。彼だけではないキャスティングの見事さがこの作品の成功につながった。オリジナルとはまるで違う世界を見せてくれた力作である。

ここからは余談だが、それにとても恥ずかしいことなのだが、チラシに書かせてもらった文章にミスがあった。僕はこの作品について書いていたはずなのに、途中で『夜、ナク、鳥』とごっちゃになっていた。恥ずかしい。2本セットにして「彼女たち」と書いているのだ。『海のホタル』の主人公である女は、夫を殺すレイコのみなのに。情けない。


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