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映画・演劇のレビュー

『夏への扉』

2021-06-30 13:27:56 | 映画

6月も終わりのこの時期にようやく公開された三木孝浩監督の新作。ハインラインの傑作小説の映画化である。青春映画の騎手である彼にとっては初めてのSF映画になる。従来のパターンとは一線を画す『フォルトゥナの瞳』が少し残念な出来だったので、そのリベンジでもある本作がどんな作品に仕上がったのかとても気になっていたから2月の公開を楽しみにしていたのにコロナのせいでここまで延期が続いた。もう今年の夏に間に合わないのではないかと心配もしていたが、(というか、別に「夏まで」でなくても問題は何もないけど、一刻も早く見たかっただけ)ようやく見ることができてうれしい。

映画自体は誰もに勧められる作品ではない。原作のファンの人は受け入れられないかもしれない。SF作品としては欠陥だらけだろう。だが、そんなことが問題なのではない。これはいつもの三木映画と同じように青春映画なのだ。ひとりの男の子が大好きな女の子のために戦うお話だ。それがたまたま(!)時空を超えてしまうだけ。

彼が天才科学者であるのも、人型ロボットを作るのも、30年後まで冷凍睡眠するとかも、お話としては些末なことだ。それより、ふたりがどういう経緯を経て再会できるのかどうかが大事で、ハッピーエンドになるかどうかが、最大のポイントになる。(というか、この場合がそれが大前提なのだけど。)

甘い映画である。ちょっとしたデートムービーだ。突っ込みどころ満載で、でも、なんだか幸せになれる、そんなラブストーリーである。シリアスでハードなSF映画なんて一切期待しない方がいい。映画としては『バック・トゥー・ザ・フューチャー』に近い。30年の歳月を往還して繰り広げられる終盤の展開は荒唐無稽だけど楽しい。田口トモロヲがドク(クリストファー・ロイド)で、もちろん山﨑賢人はマーフィーだ!

主人公を助ける感情を表に出さない人型ロボットを藤木直人が演じる。こういうパターンも楽しい。彼のポーカーフェイスがとてもいい。些細なことだが、そういう一見どうでもいいところが、映画を豊かにする。1995年から2025年の未来へという設定は一穂ミチの傑作『今日の日はさようなら』と同じだ。2025年という手の届く近未来というのがいい。この映画の設定は現状では無理だし、まずコールドスリープが1995年に実施されていたという設定は嘘なのだけど、そこから始めることで映画は僕たちの見た未来ではなく、この映画の中にだけ存在する未来という基本を全面的に容認させられることになる。それはこの映画というお話の世界への入り口なのだ。これは実に映画らしい映画なのである。

「夏」という時間は「未来」を象徴する。彼らが夢に見た未来へ旅立つこの2時間の旅は娯楽映画の定石を踏まえた、だからこそ楽しいお話の世界を堪能させてくれる。映画は作り事だ。それを思い切り楽しもう。そんなおおらかな気分にさせられる。久々に夢のある映画を見た気がする。

 


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