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映画・演劇のレビュー

『吉祥寺の朝比奈くん』

2012-09-20 20:57:06 | 映画
何年か前、この映画の原作を読んだとき、けっこう気に入ったのだが、この映画を見ながら、ずっと違和感を感じていた。それは単純に映画と小説の差なのだろうか。それだけではないだろう。もともとこの題材はけっこう映画向きのはずなのだ。だから映画化はヒットだと思った。昨年11月劇場公開時、すぐに見に行きたいと思い、ちゃんといくつもりだった。だが、評判がかなり悪く、しかもいつものようにすぐに上映が終了したので行きそびれた。映画を見て、いろんなことを考えさせられる。

 エッセイのような軽さが、この小説の魅力なのだが、この短編小説を長編劇映画にしたとき、どうしても本来そこにあったはずの軽やかさが損なわれる。井の頭公園を3人で散策するだけでは映画にならないようだ。でも、これはただそれだけのことを楽しむという話で、特別なことはなんもない。そこをちゃんと見せきれなくては意味がないのだ。だから、その地点でこれは失敗作になった。

 何もないことが、とても爽やかで心地よい。そんな映画にして欲しかった。だが、そうはならない。たぶん、ちゃんと原作に忠実なのだ。だから、それだけにラストの謎解きに違和感が生じるのだ。あんなオチは要らない。でも、原作のもあんなオチだったような気がする。なのに、僕は完全にそのことを忘れていたようだ。えつ! と思った。「それはないよ」とも。あれじゃぁ朝比奈くんは悪いやつじゃないか。

 でもきっと原作があんな話だったのだ。なのに、読んだあとにはその不快感は残らなかった。それどころか、さわやかな後味さえ残った。人妻の山田真野(回文になっている)さんと、その娘さんと朝比奈くんが、暢気に公園を散歩して、ドキドキする。天気のよい平日の午後。年上の人妻、なんていうのではなく、ただのなかよしのお友だち。恋愛感情はあるけど、ドロドロとしたそれではなく、もっとピュアなもの。ただ好きだから一緒にいたい。それだけ。下心なんかない(たぶん)。

 映画はちゃんと原作の雰囲気をなぞっているから、決して悪くはないのだ。主役の2人もかわいいし、原作の持つ雰囲気をちゃんと体現している。2人が醸し出すちょっとさびしい気分も上々だ。未来のある恋愛ではない。火遊びでもない。純粋に好き、という想い。手をつなぎたい、とか、一緒にどこまでも歩きたいとか。そんな切ない感情がこの作品の根底にあり、それをちゃんと見せようとしている。

 だが、長編映画はそれだけでは成立しない。終盤の謎解きは本来まるで大切ではないはずなのに、まるでそこにこの映画のテーマがあるかのように、映画の結末を彩る。原作はさっくり流していたはずだ。だから、そこはどうでもいいと思えた。だが、この映画はそこに到達点ができてしまう。朝比奈くんは山田さんをだましていたわけではない。動機はそうだったかもしれないが、すぐに純粋に恋をしてしまったのだ。それだけの話なのである。映画はそこに立ち戻れない。だからつまらないものになったのだ。確かに努力はしているのだけれど。




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