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映画・演劇のレビュー

小川糸『ツバキ文具店』

2016-11-18 00:24:59 | その他
1昨年の冬、初めて鎌倉に行った。娘の結婚式で東京に行ったとき、足を延ばした。とてもいいところで、天気も良くて、気持ちのいい1日だった。ついこの間のことのようだ。ついこの間と言えば、数日前、小川糸さんが鎌倉でひと夏を過ごした日々を綴った日記(『今日の空色』)を読んだ。それだけで、なんだか鎌倉での日を思い出す。そして、この小説である。



たまたまだけど、それに引き続いてこの小説を読むことになった。2冊はセットとなり、彼女の中で鎌倉という町が、どんなふうに映ったのかも見えてくる気がした。ノンフィクションとフィクションが絡まりあい、この町に対する愛がしっかり伝わってくる。ほんの数か月暮らした日々をもとにして、1年間のお話として作り上げていく過程に作家の創作の秘密が垣間見えるようで、そこも楽しかった。(たった1日行っただけなのに、懐かしい気分にさせられた。さすが鎌倉である。)もちろん、そんなことよりも、この作品自体がとても素敵で、素晴らしいということが一番なのだけど。



祖母の跡を継いで鎌倉でひとり暮らすことにした女性の静かな生活を通して、祖母を失った痛みから少しずつ彼女の心が癒されていく過程が描かれる。ここには特別なことなんて何もない。ただ、毎日の中にあるほんのちょっとした変化は描かれる。それが彼女の生きる支えになっていく。



代書屋なんていう、今の時代にありえないような仕事をしながら生活する鳩子の1年間。夏から始まり翌年の春まで。先代(祖母)の跡を受けて、鎌倉で小さな文具店を営みながら、たまに持ち込まれる依頼された仕事をこなしていく日々。頼まれた手紙の代書を通して、人々の心の中に触れていくことになる。ささやかな毎日の中にある輝き。



隣に住むバーバラ婦人や、幾人かの人たちとの小さな付き合いに中から少しずつここで生きていく自信をつけていく。この町が好き、ここで暮らす人が好き。それだけがすべて。



最終章の、庭で花見をするため10数人のご近所さん、知り合いが集うシーンなんか圧巻だ。こんなこともありなのか、と思わせる。いい小説を読んだ。とても幸せな気分にさせられる。
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